捜査共助課(短編小説)1〜30話

□forget-me-not
1ページ/2ページ

君が教えてくれた
あの花の名前

何だったかな

何だか子供の頃に見ていた
ウルトラ怪獣の名前か
アニメに出てきそうな名前だって

俺はちょっと笑ったよね



「あ、刑事さん」
秋葉は駅前にある花屋の前で、呼び止められて足を止めた。
今日は日勤で、ごく普通のサラリーマンと同じ時間帯で帰宅する途中だ。
「先日はお世話になりました」
年老いた小柄な女性が店の中から椅子に座ったまま頭を下げた。
彼女の名は、青木初子という。
「……また、ひとりで店番を?」
「はい。若いのは配達に出掛けました」
確か83歳だと言った彼女と顔見知りになったのは5日前。
この店が深夜に窃盗犯に侵入され、自分達が現場を検証して家人から話を聞いたのがきっかけで。
「なるべく一人にならない方がいいって言ったのに」
息子夫婦と孫とで切り盛りしているこの店は、営業時間の大半をこの老女ひとりが守っている。
その窃盗犯は逮捕したが、用心するのに越した事はない。
「あまりお客も来ませんしねぇ。外の仕事の方が今は多いんですよ。私はもう、こんなですから。ここに座っているだけで」
初子はそう言って笑い、こじんまりとした店の中に置かれた色とりどりの花を見回した。
「そうですか……」
秋葉も笑って、その場にしゃがみこむ。自分が立っていると初子をかなり上から見下ろす形になってしまい、なんとなく落ち着かなかった。
「あ、そうだ。一昨日はありがとうございました。署の方へ花をたくさんいただいたみたいで」
危うく礼を忘れる所だった。
「いいえ、ほんの少しです」
やんわりと笑むその表情を見ていると、もう10年以上前に亡くなった自分の祖母を重ねてしまう。
「刑事さんは…花が好きなのね?」
「……え?」
そう言われ、秋葉は返答に詰まる。
「お店が荒らされた時。最後まで倒された花を片付けるのを手伝ってくださったから。一本一本丁寧に」
「………それは気のせいですよ、多分」
苦笑して秋葉は答えた。
「どなたかに花の扱い方を?」
「………ええ……」
何のこだわりもなく、ただ聞きたい事を聞いてくる彼女に。
秋葉は正直に頷く事にした。
「そう」
それ以上は初子も何も言わず、もしかしたらそれだけで大体の事を理解しているのではないかと思わせる目をしていた。
「その花…何でしたっけ。名前」
ふと秋葉は、初子の右奥に置かれている切花を指差す。
青い花。一本の茎に幾つもの花がついている。
「ああ、これ?ラークスパー。デルフィニウムの一種で」
そう言って、初子はその花の事を少し教えてくれる。
「つぼみがイルカの形に似ているの。なんだったかしら。イルカを英語で言うと……」
舌を噛みそうな花の名前は覚えているのに、とおかしそうに笑う。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ