捜査共助課(短編小説)1〜30話

□雨上がり
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季節が動いていくことから
目を背けていても

不意に気付く

雨上がりの空気が
こんなにも清浄なものだっただろうかと


撥水のコーティングを施してあるフロントガラス。
そこをころころと流れ落ちていく雨粒を、秋葉はふと目で追う。
住宅街の一角。昨夜からの張り込みを別の同僚と交代して、これから帰署する所だ。
午前6時半。
夜明けまで降り続いた雨が、ようやく止んだ。
助手席の影平は、大きなあくびをする。
「あ〜き〜ばぁ……」
「……はい」
「ちょっと、そこの公園で停めて。煙草吸いたい」
「………もうちょっと我慢して署で吸えば?」
「やだ」
秋葉の正論は、一撃で却下される。
「だってお前の言うこと聞いて、ずっと我慢してたじゃん。もう無理。絶対無理。無理無理無理」
影平はじたばたと足を動かした。彼は言い出したら聞かない性格だ。
秋葉は早々に説得を諦めてハザードをあげ、車を停めた。
張り込みには細心の注意が必要で。
特に夜間は、住宅街に停まった車の中に人がいるというだけで警戒されてしまう。
結果、極力気配を消すために煙草の火にまで気を使う。
「一本だけですよ」
早く吸って帰って来いと言わんばかりの秋葉に、影平はきょとんとした視線を向けた。
「何いってんの。お前もおサボリ共犯だよ。一緒に来いって」
当たり前のように言い、影平は外へ出て行く。秋葉は溜息をつきつつもエンジンを切りドアを開けた。
まだ動き始めたばかりの街。
幹線道路からトラックの音が聞こえた。
小さな公園には、遊具も少ない。
滑り台と、ブランコと。ベンチが2つ。
「あー、座れねえなあ、濡れてて」
影平は呟くと、ポケットから煙草を取り出した。
「秋葉。携帯灰皿貸して」
火をつける前に、手を差し出す。
秋葉は苦笑してアルミ製の小さな携帯灰皿を影平に放り投げた。
「まじめだねえ…」
受け取ったそれを眺め、影平は覆面車の側から離れない秋葉に呟く。
秋葉が車の側を離れないのは、無線を聞き逃さないためだ。
別に今は何も流れていないが。
「この前だって、署長からの文書で回ってたじゃないですか。警察手帳と車は取られるなって」
「誰が取られるんだよ、馬鹿。それに……」
と、影平はしげしげと自分達が使っている覆面車を見る。
「俺だったらいらねえよ、アリオンなんて。どうせ乗るならインプのWRXがいいなあ…。ゼロクラもいいけどな。何でうちには納入されないかねえ」
「……まあ、ね」
大量納入されている事もあり、少し警察に詳しい者なら、『アリオンを見たら覆面パトだと思え』というのは割りと知られた事だという。
「でもWRXもホイルまでゴールドにしておいて、リアスポイラーがないんですよ?おかしいでしょ。見た目が」
「あれ、分かる奴が見たら、警察車両以外には見えないよなあ」
影平は笑い、煙草に火をつけた。
「………吸わねえの?」
「俺はいいです」
影平の問いにそう答え、秋葉は周囲に視線をやった。
雨に濡れるのは嫌いだが、雨上がりの空気は好きだ。
新緑から更に色を濃くした木々と、無造作に毎年種から増えていったという印象の黄色い花。
顔を覗かせ始めた太陽の光が、水滴に反射して眩しい。
「雨上がりが好きなのか、お前」
上空に向けて紫煙を吐き出し、影平が呟いた。
「………?」
「珍しく……ちゃんと景色を見てる気がするけど」
「…………いつの間にか」
秋葉は笑い、口を開いた。
「季節は動くんですね。もう夏みたいだ。ついこの前、桜が咲いていたような気がするけど……」
影平が煙草を携帯灰皿に押し付けるのを確認して、秋葉は運転席のドアを開ける。
「梅雨は嫌いですけど。雨が上がった時の空気は好きですよ」
影平に心の中を見せてしまった事を少し後悔するように。
秋葉は両手を上にあげて、大きく伸びをした。
「さて。帰りますか?」
「おう」
影平は、アスファルトの上まで歩き、靴についた土を払う。
「何、怖がってんだ」
「……え?」
笑いながら言われ、秋葉は首を傾げた。
「うっかりしゃべりすぎた…みたいな顔して」
「別に…いつもと同じですけど」
そう言って、秋葉は車のエンジンをかける。
助手席に乗り、影平もシートベルトを締めた。
「お前、やっぱり面白いなあ」
「何がですか」
秋葉は軽く笑い、ゆっくりとアクセルを踏んだ。



思い切って
閉じていた目を開けてみればいい

大丈夫だから

ほら
案外怖くないだろ

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