捜査共助課(短編小説)1〜30話

□その後のルーズリーフ君2
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歩き続けていれば


いつか追いつくかな

追いつく…かも?



「うぉりゃあ〜!!」
「…………」
交番の中で留守番をしていた俺は、苦笑いを浮かべながら溜息をつき、立ち上がった。
数人の同僚に囲まれて中年のオッサンが怪しい足取りでふらふらと入ってくる。
時間は深夜。
駅前で泥酔して転がっていたオッサンを保護してきたのだ。
「女房に、逃げられたぁ〜!!今夜は財布もないぞぉ〜!!」
(ああ、わけわかんねえ)
俺は曖昧な笑いを浮かべたまま、長椅子の上に伸びたオッサンを見た。
一念発起して、でも9割は駄目元で受けた警視庁の警察官採用試験。
準備期間は短かったのに、何故か一発合格。
無事に警察学校を卒業してこの交番に配属されてはや2ヶ月。

そういえば警視庁って合格率高いんだっけ。
これ………何故だと思います?

「おい店長〜!!酒ぇ!!」
「おじさんおじさん、ここ交番だから」
超ご機嫌なオッサンを取り囲む。
繁華街にあるこの交番には、毎晩毎晩こんなお客さんがやってくる。
俺も後々の向学のために、一応そのオッサンを取り囲む輪に加わってみた。
「……あれ?」
オッサン、あんたに見覚えがあるんだけど。
「何だ?宮本。これ知り合い?」
同期の同僚がオッサンを指してそう言った。
こんな若造どもに『これ』呼ばわりされるのも気の毒な気がするが、オッサンはご機嫌だ。
「いや……知り合いというか……」
俺は思わず右耳に手をやった。
もう目立たなくなった8つのピアス穴。
確か俺の背中を押したのは、このオッサンではなかっただろうか。
井の頭公園で。
「財布ないの?」
「あるよぅ!!」
「家はどこなの?」
「すぐそこだよぅ!!」
次々に繰り出される質問にのらりくらりと答えながら楽しげに俺たちを見ていたオッサンが、ふと俺を見た。
「…………おおおおおおおおおおお?」
まさかとは思うが。覚えていやがる、のか?
「何すか」
俺は笑いながらその場にしゃがんでオッサンと目線を合わせた。
いくら警察官対、酔っ払いでも上から目線は年上に失礼だろう。
変に逆上されても面倒だし。
「鴨は、元気かぁ」
「…………」
何でそこだけ正気に戻るかね。
もしかしてこのオッサン、酔っ払った振りしてるだけなんだろうか。
「鴨ってなんだ?」
同僚の問いはちょっと無視しとこう。説明が難しいから。
実は今も、夜勤明けと非番の日には井の頭公園で俺はパンくずを撒いている。
あの頃と違うのは、定職についたこと。
自分に少し自信と誇りを持てるようになったこと。
まあ、まだまだまだまだ下っ端だけど。
目標とか、たどり着きたい場所とか、そんなものが出来たら世界が変わった。
「頑張ってるなあ青年!!」
「……ええ。あなたのおかげでねえ」
「よぅし!!オッサンも元気出てきたぁ!!」
「……いや、今は出さなくていいから。おうちに帰りましょうよ」
酔っ払いの相手も、少しはうまくなったかな。
このオッサン、この先も何かと縁があるんだろうなあ。
こんな都会で。不思議に俺は他人と繋がってる。
どうせ酔いが醒めたら覚えてなかったりするんだろうけれど。
「仕方ないな、財布もないし。パトで本署に連れてくか」
上司がそう言って、本署直通の電話を引き寄せる。


「じゃあ、パトで送りますからね?」
到着したパトカーにオッサンを乗せるために、また6人ががり。
「珍しいタクシーだなあ、おい!!」
酔いが醒めたら…びびるだろうな。
気が付いたら警察署の保護室にいました、なんて。
「これはタクシーちゃうって」
「気をつけてね」
口々に言って、オッサンを見送った。
オッサンは、リアシートに座って。
ずっと笑顔で俺たちに手を振っていた。


一息ついて、俺は机の中からこっそり私物の携帯を取り出した。
受信メール一件。
(お?梶原さんだ)
オッサンと、もうひとり。
俺の背中を押してくれた人。
『ルーズリーフ君、元気?こっちも偏屈な先輩と頑張ってます。ちょっと疲れてます』
彼は俺の一歩先を行っていて。
もう制服警官じゃなくなっている。
「すぐに追いつくし……待ってろ先輩」
俺はそう返信して携帯を閉じた。


肩に装着した無線が音を立てる。
次は喧嘩の通報だ。
本当に警察官って忙しい。
「宮本、行くぞ」
そう声をかけられ、俺は走り出した。



あ。そうだ。
どうして警視庁が警察官採用試験の合格率高いか。


取った人数分だけ、辞める人間が多いから…だって。
分かる気もする。すっげー大変な仕事だし。

ま、俺は辞めないけどね。

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