捜査共助課(短編小説)1〜30話

□fight
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もっと他の道があったのかもしれないと

思う事はあるけれど

これはきっと

間違いではなかったのだと

そう思える時までは


(1)

窮鼠猫を噛むという言葉の通りに。
一番緊張感を持たなければならないのは犯人を追い詰めて逮捕する時だと、警察学校で学んだ。
刑事になった今はそれを、身を持って感じる場面も多い。
「じゃあ、立花。気をつけろよ」
時間は午後7時。
恐喝で逮捕状が出ている男が住むアパートの前。
張り込みを開始したのは午前中で、その男が帰宅した事を確認したのがほんの20分程前の事だ。
優は、捜査車両の後部座席から降りる。
他の同僚もそれぞれが配置についた。
「まず立花がドアを開けさせる。それを合図に踏み込むぞ」
何故、優にその役目が与えられるのか。
それは彼女が『女性』であるからだ。
いきなり強面の男がドアの外に立つのでは警戒される。
要は相手の油断を誘い、ほんの少しでも確実にドアを開けさせるために、女性である優が行くのだ。
「行きます」
無線に向かってそう言い、優はドアの前に立った。
ドアチャイムが無いので、軽く木製のドアをノックする。
「すみませーん」
なるべく、高い声で。
「こんばんはー」
部屋の中の空気が動く気配を感じて、優はドアの死角に待機している同僚に視線を向けた。
がちゃり、とドアノブが回り、ドアが内側から開けられた。
「!!」
と、同時に右のこめかみに痛みが走った。
一瞬何が起こったのかわからず、衝撃に踏みとどまれなかった足がよろける。
(読まれてた!)
ぐらぐらと揺れる頭に浮かんだのは、それだけで。
視界の隅に、更に自分を逃走の突破口にしようと腕を振り上げる男の姿が見えた。
(どうしようもない)
時間にすれば1秒程の間に、優は意識が遠のく中でそう思った。
いくら自分が虚勢を張っていたとしても、男性とのどうしようもない力の差と、自分が女であるという現実。
もう一撃、殴られる事を覚悟した瞬間。
誰かの腕に抱きこまれた。
その勢いで通路に膝を着く。
乱れた足音と怒号が響いている間、優はその腕の中でそれを聞いていた。
「………秋葉」
僅かに顔を動かして、優はそれが誰であるのかを知る。
秋葉は痛みを堪えるような表情で、取り押さえられる男を見ていた。
その途端に優の意識がはっきりした。
(あんたにだけは……)
一番負けたくない相手。負けられない。
「動くな!倒れるぞ」
立ち上がろうとする優を、秋葉が鋭く制止する。
「馬鹿にしないで!!」
喉から押し出した優の声が、震えている。
秋葉は優をそっと手放すと立ち上がった。ぱたぱたと、数滴の血液が目の前のコンクリートに散る。
(誰の、血?)
優の思考が止まる。
男は手錠をかけられ、捜査車両の中に押し込められていた。
「泉さん!!」
秋葉は右手を押さえ、優のパートナーである泉の名を叫んだ。
「立花、頭殴られてます。軽い脳震盪だと思う」
秋葉は再び優を振り返る事はなく、淡々と泉にそう告げる。
「お前は!?」
「ちょっと、切られました」
優に向けられた一撃目は素手で。
次は手にしたナイフで、殺る気で来たのだ。
「心臓より上にあげとけ」
影平に腕をとられている秋葉を、優はどこか現実のものではないような感覚で見つめていた。
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