自動車警ら隊(リクエスト)

□my way
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午後10時。
木製のドアを開けて、いつものようにジャズが流れるその店に入った時。
待ち合わせた相手は、既にカウンターでバイク雑誌を眺めながら水割りを飲んでいた。
2つあるテーブル席にもカウンターにも、他に客はいない。
「悪い、遅くなった」
スーツ姿の俺とは対照的に、ブラックジーンズとカーキ色の薄手のパーカーを身につけた秋葉に、俺は謝った。
「忙しそうだな?検事さんは」
「刑事も、だろ」
俺がそう返すと、秋葉は肩をすくめてグラスを置いた。
明日はお互いに久しぶりな休日だし、馴染みのこの店で飲むことにしたのだ。
「こいつと同じものをください」
秋葉の隣に座りながら言う俺に、無口な店主は頷き、棚からグラスを取った。
最初にこの風変わりな店を教えてくれたのは秋葉だった。飲み屋は飲み屋なのだろうが、パスタとピザが天下一品で。店主の好きなジャズが流れ、彼の気分次第で店が不定期に休みになる。更に彼の奥さんの雰囲気が異様に気だるい。夫婦共々、顔馴染みにならなければ無駄な話も笑顔も客に向けてこない。
とりあえず、俺も秋葉も5年以上はここに通っているから、この夫婦に気に入られているとは思うのだが。
「で、何だよ。お前が俺を呼び出すのは珍しいな」
雑誌を閉じて、秋葉が言う。
「たまに同級生と飲みたいなと思うのに、何か特別な理由がいるのかよ」
ネクタイを緩め、俺は笑った。秋葉が、俺に対して若干他人行儀な雰囲気をまとっているのには訳がある。
(こいつ…まだあんまり思い出してないんだろうな)
共有した時間とか。思い出とか。友人として築いてきた出来事とか。
「また余計な事考えてるんだな」
秋葉は滅多に見せないいたずらっぽい笑みを浮かべて俺を見た。さすがに刑事だ。心の中を完全に読まれた。店主がグラスを俺の前に置いてくれる。
「お疲れ様」
「お疲れ」
水割りのグラスを秋葉と軽く合わせ、俺はそれを一口飲んだ。
「ひっかかってるのは今日の裁判、か。ニュースで見た。あれ、お前が扱ってるんだろ」
「さすが………察しがいいな」
人をひとり殺して無罪。精神鑑定に持ち込まれて、弁護側と検察側双方の鑑定医が被告に責任能力が無い、との結論を出した。もちろん高裁に対して、即日控訴はしたが。
「顔に書いてある」
穏やかな秋葉の声。こいつの声は俺を落ち着かせる。
「…時々、俺たちの仕事って何なんだろうって思ったりしないか」
あまり愚痴るのは趣味ではないのだが、俺は思わずそう呟いた。秋葉は少し首を傾げる。
「本当に被害者の味方になれるのは、弁護士じゃなくて、検事なんだろ?」
「……」
胸を突かれた気がした。それは、もう10年以上前に俺が秋葉に言った言葉だったから。
俺は弁護士では駄目だ。何故かそう思っていた。時に真実を曲げて依頼人を護らなければならない、そんな矛盾には耐えられそうになかった。
「基本的に俺たちは、犯罪が起きてからじゃないと動けない。俺は被疑者を引きずり出すだけだ。その先はお前の仕事だ。お前は被害者の願いも、俺たち警察の願いも背負ってるんだから。そこでお前に迷われたら、俺も困るだろ」
秋葉は淡々と呟いた。俺は苦笑して残った水割りを一気に飲んだ。
「もう一杯ください」
店主にグラスを差し出す俺を、秋葉はやはり笑って見ていた。
「崎田のおごりだからな。今日は」
「了解」
一言で曇った視界がクリアになる。たとえ秋葉が記憶をなくして、以前の彼とは違っていたとしても。
「お疲れ」
恐らくこの先、変わらずに友人でいるはずの彼と、俺はもう一度グラスを合わせた。

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