自動車警ら隊(リクエスト)

□優
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「まったく、何でこんな子になっちゃったのかしらねえ」
盛大なため息と共に、私の母親…慶子が呟いた。せっかくの非番の朝だというのに、瞬時に気が滅入る。聞こえよがしにわざわざ近くでそう言うのだから、手がつけられない。
内心、また始まったと思いつつ、私は母のぼやきを右から左へ受け流す。…まるでちょっと旬の過ぎたお笑い芸人のようだ。私はお気に入りのWEDGWOODのカップに紅茶を入れながら、思わずにやりと笑ってしまった。横から見ていたら、さぞかし不気味だっただろう。母はそんな私を見て、少しむっとした表情で私の目の前に写真を突き出した。
「これね!一昨日鎌倉のおじさんが心配して持ってきてくれたの。会うだけでも会ってみなさい」
「お母さん、何これ……っ」
 思わずまだ熱い紅茶をごくりと飲み込んでしまい、私はあまりの熱さに胸を押さえた。
「何って、見合い写真に決まってるじゃない。あんたももういい年なんだから」
(いい年って言うな、いい年って!!まだ28になったばかりじゃない!!!)
 今度はやけどをしないように、ゆっくりと紅茶を飲む。
「そろそろ自分の将来まじめに考えなさいよ。いつまでも危ない仕事してないで」
 そう言い置いて、母は台所を後にした。彼女を相手にするくらいなら、現場で駆けずり回っているほうがいくらかマシだ。私は一応、置き去りにされた写真を横目で見る。
「イ・ヤ・よ。こんな爬虫類みたいな男………」
 ああ、ぞわぞわ鳥肌が立つ。こんな男、ちっとも趣味じゃない。何より濁った目が嫌だ。いい年齢の重ね方をしていない目だ。その時点で話にならない。どうせなら、私が会ってみようかなと思える男を探して来いというのだ。写真を右手の人差し指で弾き、呟いた所に姉の和実が通りかかる。
「優ちゃん、お見合いするの?」
 どうにもこのひとつ年上の姉には参る。女として差がありすぎる。普通にOLをして、普通に恋愛をして、そして来月結婚する。見た目もこれが姉妹か……というより、何故この両親にこの娘が?と言われる程、家族の誰とも似ていない。華奢な体と、おっとりした物言い。自分にはそんなものは一切ない。長く伸ばしたストレートの黒髪を後ろで一つにまとめて、淡い春色のシャツを着ている。私は自分の短く切りそろえた髪を指先で摘んだ。これ以上は髪も伸ばせない。後ろでひとつに束ねてもいいが、走る時に邪魔になる。
「お姉ちゃん……」
「なあに」
 私は情けない声で姉を呼んでみたものの、次の言葉が浮かばずに,ううん、何でもないと呟いた。意外にコンプレックスの塊な自分を自覚し、少々の自己嫌悪。
「優ちゃん、今好きな人がいるのね」
 唐突に言われて、また紅茶を吹き出しそうになる。
「な、なんで」
「ふふ。お姉ちゃんの目はごまかせないのだ」
 私は楽しげに笑う姉を、呆気にとられて見つめた。そして呟く様に言ってしまう。
「………うん。いる。すごく好きな奴」
 どうしようもなく寂しくて、悲しい。そんな人間に惹かれてしまった。なかなかすんなりうまくいかないだろう、という予感は充分ある。というより、自分が女として認識されているかどうかすら怪しい。まあ、私がそういう風に振舞ってきた、ツケがまわってきているといえばそうなのだが。男社会で、肩肘を張って。周囲に負けないように舐められないように。女としてよりも、刑事としてあいつの目に映りたかったから。
「まあ、がんばってね。影ながら応援してるから」
「えへへ。うん」
 出かける姉に手を振って、私は笑った。そういえば、私が警察官になるという事に賛成してくれたのは、姉だけだった。あの一見スローテンポな姉が。私と一緒にきっぱりと両親を説得してくれた。今の私がここにあるのは、姉のおかげでもある。
「お母さぁん。私、お見合いなんてしないからねぇ!!!」
 洗濯機をのぞき込んでいるであろう母に、私は叫んだ。あのどことなく悲しい目をした同僚に。もう少し、寄り添ってみようと思った。
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