自動車警ら隊(リクエスト)

□密会
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相変わらず無愛想な店主が営むあの店で。
崎田はいつもと違う相手と飲んでいた。
「あの…すみません。お忙しいのに」
丁寧に頭を下げた男は、なんだか馬鹿でかいのだが、どことなく犬のようで。
そう、茶色の毛並みで腹の毛だけクリーム色の…。
(柴犬だ)
「すごく…いいお店ですね?」
梶原は、自分がここでも柴犬だと思われているとは気付かずに、崎田にそう言った。
「もう5年くらい。飲むならここ」
梶原から電話をもらったのは、昨日だった。
『大塚署刑事課の梶原』と名乗られた時に顔と名前がすぐ一致するくらいには、送検手続きなどで会う回数が多い相手ではあった。
時間と場所は崎田が指定して、今こうしていつものカウンターで彼は梶原と肩を並べている。
「今日は秋葉の事で?」
若干緊張気味の梶原に、先にそう問いかけてやる。
「はい……うまく言えないんですけど……」
と言い置いて、梶原はドイツビールを一口飲んだ。
「何か手がかりがあったらなって」
「手がかり?」
首を傾げる崎田に、梶原は頷いた。
「…秋葉さん、淡々と仕事してますけど、やっぱり記憶が所々抜け落ちてるみたいで。なるべくフォローしたいんですけど、俺もよく考えたら秋葉さんの事、あまり知らなくて。だから崎田さんになら、何か聞けるかなって」
秋葉と崎田が高校の同級生だという事は、以前崎田から聞いていた。
まだ秋葉が意識不明で生死の境をさ迷っていた、あの病室で。
「確かになあ……もう今の秋葉は俺が知ってたあいつじゃないのかもな」
知っていた、という過去形を使ってしまい、崎田は苦い顔をした。
「梶原君、あいつが笑ったとことか見たことある?逆に怒ったとことか。感情を動かすとこ」
「……あんまりないです。あんまりというか、多分全然」
梶原と秋葉の付き合いは短い。しかも、梶原が秋葉と出会ったのは、秋葉の手の中から大切なものが失われてしまった後だった。
「秋葉って、高校の時はよく笑ってたし。友達も多かったよ。服装検査に引っかかるのが嫌で、逆に風紀委員とかやったりして」
「ふ、風紀委員!?」
意外そうな声を上げて、梶原が目を丸くする。それを見て崎田は面白そうに笑った。
「そう、風紀委員。何故なら、服装をチェックする係りだから。教師も忘れるんだよな、隣に立ってる風紀委員の存在を。だからだいたいノーチェックでラッキーとか言ってたよ」
「信じられませんねえ」
「だろ?多分警察官になったのも、自分が取り締まられるのが嫌だったんじゃないか」
「えー、それはないでしょ!?でも、そういう秋葉さんも見てみたいですね」
という梶原に、ほんの少しの優越感に似た感覚を覚えながら。
「……あいつ、笑わなくなったな。いつからあいつの笑った顔見てないかな」
ふと崎田は呟いた。
「………冷たーい笑いはたまに浮かべてますけどね?」
「確かに」
梶原の言葉に、再び崎田は笑う。
「……どうやったら秋葉さんを救えるんですか、ね」
他に聞きたい事はないのかと尋ねた崎田に、梶原はぽつりと呟いた。
気付けば崎田が飲んでいた水割りの氷も溶けてしまっている。
梶原も、とっくに気が抜けてしまったビールのグラスを少し揺らした。
「………そうだな」
2層に分かれてしまったグラスの中身を見つめて、崎田も呟いた。
「俺は、とりあえず今は、あいつが生きていてくれて良かったと思うようにしてる。生きてさえいれば……先があるから」
たとえ無理にでも、そう心から思うように。
「あいつがいつかそう思えるように……」
記憶のかけらを集めながら。絶望と一緒に、それを越える希望の光を手に入れることができればと。
「救えたら、いいですよね」
梶原はにこりと笑んだ。
「……だな」
崎田もそれを心から願う。
相変わらず気だるい雰囲気の店主の妻が、CDを入れ替えた。
いつの間にか、CD一枚分の演奏が終わっていた。

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