自動車警ら隊(リクエスト)

□その後のルーズリーフ君
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よく聞かれるんだ。
なんで8つもピアス穴あけてんのって。
でも、教えてやんない。
言ったってわかんないじゃない。

ほんとによく聞かれるんだ。
なんで?なんで?なんで?って。
うるさいよ。
そんなの、あんたらに関係ないじゃない。



俺は、人生の岐路に立っているのかもしれない。
ここ数ヶ月続けている、井の頭公園での日課。
俺は今日も池に向かってパンを投げている。
「元気にしてるかあ。鴨〜」
そう、あの鴨だ、鴨。
いや、ここにあいつがいるかとか、そんな個体識別能力はないけど。
なんとなく、拾ったよしみと、飼ってやれずにこんな場所に放してしまった後ろめたさで、俺はこうして暇を見つけてパンをちぎって投げることにしている。
パン代も馬鹿にならないから、そんな日は朝食のパンを半分残している。
「俺って、ばーかー」
なんとなく、生きてきた。
東京に出てくれば、何かが見つかる気がしていた。
でも結局は、まだ何も手に入れていない。
バイトを掛け持ちして、食いつないで。
この8連ピアスのおかげで、職種も限られてしまうのだが。
それに対しては、ささやかな抵抗と自己主張ということで、俺は今までこのスタイルで生きてきた。
「結局さあ…俺って何者になれるわけ?」
パンに向かって群がってくる鳥たちに向かって、ひたすら独り言を呟く。周りからみたら、ただの怪しい若者だ。
そういえば、むやみやたらに餌をやっちゃいけないんだってね?鳥に。
生態系が崩れるとかなんとか。ニュースで見たけど。
「……何者になれるかより、何者になりたいか、じゃないか?」
不意に横から声をかけられて、俺はびびった。
そちらを見ると、ひとりのオッサンが鳥を見つめていた。
「若いうちは、時間が無限にあるような錯覚に陥るけどな。時間は限られてるぞ?」
……なんだ、このオッサン。
グレーのジャージに白いキャップをかぶっている。足元は運動靴…ということは、ジョギングの途中の、通りすがりのオッサンか。
「はあ……」
俺はなんとなく無視しそびれて、パンくずのついた手をパンパンと払った。
あ、別にシャレじゃないからこれは。
「何かを決めるなら、今だ。今しかないぞ?」
そういって、オッサンは立ち去った。
俺はしばらくその姿を目で追う。
何か、今、すごく大事なことを言われた気がする。
生まれて初めて、すごく大事なことが胸の中に届いた気がする。
気のせいでなければ。
「………」
俺はぞろりとつけていた8連ピアスを、ひとつずつはずしながら歩き始めた。




翌日。
「あれ?ルーズリーフ君じゃん」
俺はあの交番の前に立っていた。
「あ、ども」
先日の若い警官が立ち番で外に立っていた。
なかなかその場を動かない俺を怪訝そうに見ながら、その警官は笑った。
「あ、ピアスやめたんだ?しかも髪も真っ黒にしちゃって」
「あはは、そうなんすよ。ちょっとした心境の変化…ってか」
やっぱ恥ずかしいな。
「で?今日は何か?まさかまた鴨を拾った…とか?」
んなわけねえ。
「あの、ですね」
「はいはい」
頑張れ、俺。
昨日のオッサンは、きっと通りすがりの神様だったんだから。
「警察官の…募集要項、置いてないですか、ね」
俺の言葉を、あんまり俺と年も変わらないくらいに見える、その警官は真剣な面持ちで聞いてくれた。
中にいた、この前電話でどこかに問い合わせてくれた年配の警官が、募集要項を手渡してくれる。
「頑張れ」
交番を後にするとき、そこにいた全員がそう言って俺を見送ってくれた。




最近、よく聞かれるんだ。
何でこの職業選んだのって。
……教えてやんねえよ。

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