自動車警ら隊(リクエスト)

□発覚
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からん、と店の扉が開いた。
崎田は何気なく扉の方を見て、少し驚く。
彼は入り口横に置いてあるバイク雑誌を手に取ると、まっすぐに崎田がいるカウンターまで歩いてきた。
とはいえ、狭い店内を横切るにはほんの数歩で足りるのだが。
午後9時。
彼はカウンター越しに店主と短く言葉を交わす。
崎田はそれを特に気にすることもなく、いつもの水割りを飲んでいた。
「ここ、いいか?」
「……いいよ」
一応崎田に確認をして、秋葉は椅子を引いた。
「奇遇だな」
今夜は別に約束をしていたわけではないのだが。
偶然ここで秋葉と会うのは、年に1回あるかないかという確率だ。
「………彼女が来るなら帰るけど?」
そう言いながら、秋葉は雑誌をパラパラとめくっていく。
「嫌味かよ」
「それは、被害妄想」
くすり、と笑い、秋葉はそれ以上何も言わない。
「お前、今もバイク乗ったりしてんの?」
エンジンのメンテナンスについて書かれているページを読んでいる秋葉に、崎田が問う。
確か彼は、大学の時に自動二輪の免許を取っていた。
「もう乗ってないよ。時間も金もないし。お前は?」
「……同じく」
そして、またしばらく沈黙が訪れる。
お互いの職業柄、あまり仕事について話す事はできない。
それ以外には共通の話題も持ち合わせていないことに、崎田は今更ながらに気付く。
秋葉は隣にいる崎田の、存在自体を気にしていない様な顔をして、やはり水割りを飲んでいた。
「……あ、そうだ。崎田」
不意に雑誌を閉じて、秋葉が今日初めて崎田の方を向いた。
「お前さあ、梶原に何か喋っただろ」
「………何を」
首を傾げる崎田を見て、秋葉は溜息をついた。
「俺が風紀委員してたとか。その理由とか。すっげー笑われたんだけど?そんなの知ってるの、お前しかいないだろう」
「はははは〜」
不機嫌そうな秋葉の声に、崎田は少し引きつった笑いを返した。
「お返しに俺が知ってるお前の秘密喋っといた」
そう言って、秋葉は残りの水割りを飲み干した。
「何?」
「教えない。多分、梶原のお前を見る目が変わるくらいは面白いネタ」
秋葉はジーンズのポケットから財布を取り出す。
「心当たりがありすぎて、どれをばらされたのか分かんないんだけど」
本当にぐるぐると音が聞こえそうなくらい、崎田の頭の中で『見る目が変わるくらいの面白いネタ』が検索されている。
「悩んでろ、馬鹿」
そして秋葉は自分と崎田の水割りの代金をカウンターに置いた。
「この前のお返し」
「……もう帰るのか?」
まだ秋葉がここに来て、30分も経っていない。
「検事さんとは飲みたくない」
いたずらっぽく笑い、秋葉は立ち上がった。
「……嘘だよ。明日早いんだ。非常時の訓練で、全員徒歩出勤」
「げ。きつそう」
地震などの災害時に備えて、時々そういう訓練があるのだという話は聞いたことがあるが。
「地検もやってみろよ、たまには」
「嫌だよ」
心底嫌そうな顔をした崎田に、もう一度笑い、秋葉は雑誌を元の位置に返しに行った。
「じゃあ、また。おやすみなさい」
崎田と店主夫婦にそう言い、秋葉は扉に手をかける。
「お疲れ」
軽く手を上げて、崎田は秋葉を見送った。
「………珍しいですね?」
秋葉の姿が消えてから、店主の西野がそう呟いた。
「え?」
一瞬何を言われたのか意味が分からず、崎田は聞きかえす。
「秋葉さんが、じゃあまた、って言いましたよ」
「ああ……ほんとだ」
珍しいというのは大げさな話ではなく。
秋葉も、そんなふうに言われるとは欠片も思っていなかったのだろうが。
いついなくなってもおかしくないような雰囲気が、少し薄れた。
「崎田さんって……だったんですね?」
西野が真顔で崎田に何かを言った。
「え?」
「この前……秋葉さんが話してるの聞いちゃいました。崎田さんの秘密」
「………あいつ」
本当に仕返しとばかりに、場所までここを選んだのか。
そう思うと、崎田は脱力してしまいそうになる。
「ちなみに…何て言ってました?」
「いや〜………崎田さんって………だったんですねえ」
わざわざ口の中でもごもごと喋り、西野はにこりと笑んだ。
「うわああああああ」
本当に。心当たりが多すぎて困る。
崎田はしばらく、あれこれと悩んでいた。

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