自動車警ら隊(リクエスト)

□鈍感と意地っ張り
1ページ/1ページ

「ねえねえ、刑事課のさ。秋葉さんの指輪の噂、聞いたことある?」 
「え〜、してたっけ?どの指?」
「違うって、指じゃないって。チェーンに通してネックレスにしてたっていう」
「あ、知ってる。亡くなった彼女の……ってやつ?」
それは一昨日の朝のことだった。
ひそひそと食堂で話す交通課の新人婦警数名を横目に見ながら、私は自動販売機へと足を進めた。今時の女の話題に興味はないが、「秋葉」という言葉が耳に入ったので、ついつい聴覚がそちらに反応してしまっただけだ。
ただそれだけだ。それ以外の理由は決して無い。無いはず、だ。あってたまるか。
大体秋葉が誰と指輪を交換していようが、自分には関係ない。
関係、ない。
(………って私、誰に言い訳してるの……)
ようやくその結論にたどり着いて、私は頭を振った。
「あんた、秋葉さん好きって言ってたじゃん。アタックしないの」
「この子には無〜理無理無理無理っ」
そうからかう様に言われた彼女を私はちらりと見る。
まだ幼い感じのぬけない、小柄でかわいい子だった。
「え〜、本当に好きですよう。でも……」
「でも何」
笑い含みに言われて、彼女は一度笑みを収める。
「彼女が生きてるならまだいいですけど。亡くなった人相手に競えないじゃないですか………」
「…………」
不意にそれまでの甘えた様な口調が消えて、彼女はそう言った。
だから、それが真剣な思いなのだと私はすぐに理解した。
そのあたりの女心はまだまだ鈍っていないはずだ。
(あの子、秋葉が本当に好きなんだ)
「ええええ、頑張りなよ〜」
「だって、秋葉さん、誰のことも見てない気がしませんか?」
「………そんなに忘れられないのかな、彼女こと」
「自殺したって……聞きましたけど」  
嫌な沈黙だった。私がボタンを押して落ちてきたペットボトルの音が、食堂に重く響く。それきり彼女達もおしゃべりを止めてしまった。



非番明けの朝。昨夜から降っていた雨は上がっていた。私はいつもより1時間早い電車で出勤する。
「おはようございまーす」
刑事課のドアを開けると、夜勤明けの眠そうな同僚に混じって、私と同じ勤務形態のはずのあいつがいる。
「あれ?立花。随分早いんだな、今日は」
「……あんたこそ」
ついつい憎まれ口を叩きそうになるのを、ぐっとこらえた。
本当はかなり嬉しいんだけど。
「俺は、片付けたい書類があったから…」
そう言って秋葉は、私が両手で抱えているたくさんの白い花に目を向けた。
「……あ、これ?コデマリっていう花」
「………こで…まり?」
秋葉は初めて聞いたというようなぎこちなさで、その単語を口にする。
「昨日親戚にもらったの。この部屋殺風景だし…ちょっと和むかなと思って。いつもの電車だと混むし、こんなの持って乗ったら迷惑になるでしょ。秋葉、ちょっと持っててくれる?花瓶に水入れて来るから」
有無を言わせず、私はそれを秋葉に手渡した。
「あ、これって…小さい花が集まってひとつの花に見えるんだ…」
そう言って秋葉は不思議な物を観察するように、花を見ていた。
「そう、だからコデマリって言うんじゃない?漢字で書くと小さい手鞠って書くみたいだし」
フロアの隅にある水道で花瓶に水を入れ、私はそれを窓の側に持っていった。
秋葉は小さな丸い花のかたまりを指でつついている。
それから、そうすることが当たり前のように、花を包んでいた包装紙を外し、ロッカーの上に広げてくれた。
そういう気の使い方ができるようには見えないのに。
ああ、秋葉の彼女ってフラワーコーディネーターだったとか言ってたっけ。
「窓開けてくれる?」
夜勤の連中は、喫煙室に行くのが面倒だと平気でフロアで煙草を吸ってしまう。
煙草のにおい以上に、間がもちそうにない気詰まりな雰囲気もあり、私は秋葉にそう言った。
秋葉はロッカーに寄りかかって窓を開ける。
私では背伸びをしないと届かない、窓。
(軽々と届くんだ。いいなあ)
私はそんなくだらないことを思いながら、コデマリを花瓶に挿していく。
「……」
そして気がついた。
秋葉は勤務時間前でネクタイをしていない。
2つボタンを外したワイシャツから見える鎖骨のあたりに。
以前なら見えていた、彼女の遺した指輪のネックレスがない。
「…指輪の……外したの?」
そういえば、昨日もそんな話が噂になってたっけ。
「え……?ああ。去年、3回忌で納骨した時に。一緒に入れてもらった。彼女の両親が、3回忌までは側に置いていたいって……まだ納骨してなかったから」
「……気付かなかった」
それからだと、もう何ヶ月も経っているのに。
私は少し動揺して、手元にあった花バサミを床に落としてしまった。
「ああ、もう」
意味不明の溜息をつき、それを取り上げる。
顔を上げる時に、頭にコデマリが当たった感触がした。
「あ、立花…」
「何よ」
どうしてこんなに棘のある口調でしか、私は話せないんだろう。
(この、鈍感!)
にらみつけるような私の視線に、秋葉は少し笑って。
「ちょっと動くなよ」
手を伸ばして、私の髪に触れる。
(うーわー!!)
赤くなるな、私。
自分に命じてはみたけれど。
「ほら、花びら」
指先で摘んだ、白いちいさな花びらを差し出し、秋葉は笑う。
その穏やかな笑顔を私に見せてくれたことが、あまりに嬉しかったので。
それを顔に出してしまわないように。
(あ……爪の形、きれい)
などと、どうでもいいことを私は考えた。


鈍感と意地っ張りには。
どんな未来があるんだろう。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ