自動車警ら隊(リクエスト)

□真昼の夢
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名前を呼ばれた気がして

まだ
その姿を探してしまう

君はもう

ここにはいないと分かっているのに



午前中に勤務を引き継ぎ、帰宅して夕方まで眠る。
そんなサイクルが身体に刻み込まれてから、もう何年経つだろう。
5月最後の月曜日。西日本はどうやら梅雨に入ったらしいと、昼前のニュースが告げていた。
東京は晴れ渡っていて、初夏らしい爽やかな天気だ。
まあ、この天気がいつまでもつか分からないが。
俺はひとつ溜息をつき、テレビを消した。部屋の中に、外の音が聞こえ始める。
街は今日もいつも通りに動いていた。
からり、とベランダ側の窓を開けて風を通すと、ようやく眠気がやってくる。
我ながら面倒くさい、とは思う。
本当に疲れきってしまわなければ、数時間という単位で眠ることもできなくなった。
それでも日常生活に身体がついていくのだから、やはり自分は少し異常なのかも知れない。
俺は窓を開けたまま、ベッドに転がった。
眠りに落ちる瞬間の、独特の浮遊感が嫌いで。
いつの間にか、眠る事自体が怖くなっていた。
だから夢も見ないくらいに疲れている時でなければ、眠れない。
(馬鹿だな)
と思いながら、俺は目を閉じる。
ふわりと時々入ってくる風が心地いい。
居心地のいい場所を探して2、3度寝返りをうっているうちに、俺はいつの間にか眠っていた。



奈穂はいつも、俺を起こさないようにそっと部屋に来ていた。
不規則な勤務形態なので、普通の会社員とは時間の使い方が違う。
部屋に来て、俺が起きている時もあれば眠っている時もあった。
俺が起きている時は、合鍵を持っているにもかかわらず律儀にドアチャイムを鳴らしていたのに。
ドアが開いた音で俺が目を覚ますと、奈穂は小声で謝って再び俺が眠るまで髪を撫でていた。
「子供じゃないって……」
何度そう言っても。
彼女は何だか嬉しそうで。
その表情を見て、また安心して目を閉じた。
その奈穂が一度だけ。一度だけ、泣いていた時があった。
「どうした?」
眠っていた俺の手を握り締め、大粒の涙が幾つも両方の瞳から零れ落ちていた。
それを見て、理由を聞いた俺に。
「何でもないの」
と、彼女は無理に唇に笑みを浮かべて首を横に振った。
細い指で涙を拭い、それでもまた新たな涙が溢れてしまう。
俺は右手を伸ばして奈穂の頬に触れた。
「何でもないの」
もう一度繰り返し、奈穂は甘えるように俺の手のひらに頬をつけた。
こんな初夏の。今日と同じような、柔らかな風が吹いていたあの日。



今はもう、俺は独りで。
浅い眠りから覚めても、ここには誰もいない。
それは分かっているのに。
「………」
目を覚ました俺は、目尻に触れて自嘲気味に笑う。
まだ乾いていない涙の跡。
また、何か夢を見ていた。
俺は溜息をついて寝返りをうち、窓の外を見上げる。
頬を撫でるように、柔らかい風が吹き込む。
俺はいつか、自分を許せる日が来るだろうか。
午後2時。
俺はそんな事を考えながら、もう一度目を閉じた。

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