自動車警ら隊(リクエスト)

□受け継がれていくもの
1ページ/2ページ

失ったものは
形を変えて

いつか
還ってくるのだと

君は笑った


玄関のチャイムが連打されて、秋葉は目を覚ました。
更に完全に覚醒するまでに数秒。
その間にも、早押しクイズ並みにチャイムが押される。
「………」
急いで起き上がり、短く薄暗い廊下を通って玄関へ向かう。
秋葉はチェーンをかけたままドアを少し開けた。
「おはよ」
そこに立っていたのは兄の比呂だった。
「………何」
一度ドアを閉め、チェーンを外して再びドアを開ける。
「もしかして、寝てた?」
「もしかしても何も……?」
にこりと笑う比呂の足元に視線を移して、秋葉は言葉を止めた。
「……唯」
「柊兄ちゃん、おはよ」
小さな赤いリュックを背負って、3歳になった姪の唯が秋葉を見上げていた。
「………」
まだ頭が動いていなくて状況が読めない。秋葉はとりあえず大きくドアを開いて2人を玄関に入れた。
「柊。もしかして…さっきの電話、覚えて…ない?」
比呂が恐る恐るという感じで問う。
「……電話?」
「やっぱり」
比呂の話によると。1時間前に、彼は秋葉に電話をしたのだと言う。
唯の母親の朋香が急病で、子供を3時間程預かってくれという内容だったらしい。
「……ごめん、完全に寝てた」
ここ4日、不測の事態で泊まりの勤務が続き、さすがに疲れ切っていて。
携帯の着信音には辛うじて反応したものの、話した内容までは覚えていなかった。
時計の針は午後1時過ぎをさしている。軽く3時間は夢も見ずに眠っていたという事だ。
「あー…ちょっと話した感じがおかしいなとは思ったんだ。今日に限ってお袋も親父もいなくて」
「……いいよ、預かるよ」
少し困った表情の比呂にそう言い、自分は一体どうなるのだろうと不安げな唯の頭をひとつ撫で、秋葉は笑った。



「唯のリュックには何でも入ってるんだなあ……」
初めて来る秋葉の部屋にひとり置いていかれても、唯は動じる事無く床にぺたりと座り、楽しげにリュックの中身を広げている。
「うん!!」
小さなスケッチブックに色鉛筆。水筒にお菓子。手作りと思われる、茶色の熊の縫いぐるみ。シャボン玉。
「何して遊ぶ?」
子供は苦手だけれど、嫌いではない。
秋葉は唯の側に座り、彼女の顔を覗き込んだ。
「んー……お絵かき!」
真新しいスケッチブックを広げて、唯は赤とオレンジの色鉛筆を取り上げた。
「はい、柊兄ちゃんはこれ」
秋葉にはオレンジの色鉛筆を渡し、唯は熱心に落書きを始める。
子供特有の、独特な世界。それを眺めて秋葉は穏やかに笑みを浮かべた。
「………」
不意に記憶を何かが掠める。
「柊兄ちゃんも!!」
「……何描こうか」
座ったままでは体制がきついので、秋葉は床に寝転がる。
肘を突いて上体を起こした所で、目線が唯と同じ高さになった。
「じゃあ、犬。犬描いて」
嬉しそうに大きな瞳で秋葉を見る唯を見て、やはり何か掴み所の無い思いが浮かんだ。
「犬か……」
実は秋葉は、絵が得意ではない。
手にしたオレンジの色鉛筆を眺めていると、唯が茶色の色鉛筆をころりと秋葉の方へ転がした。
どうしても描けという事か。
秋葉は苦笑して、色鉛筆を握る。
(ああ、分かった)
今、胸の中に浮かんだ思いの正体が。
(貴美だ)
絵を描くのが好きだったのも。こうして大きな瞳で嬉しそうに自分を見ていたのも。
今はもういない妹の、幼い頃の姿と同じで。
唯は貴美を知らないはずなのに、ちょっとした仕草が本当によく似ている。
比呂は長男らしく少し頭が固くて読書好きの勉強好き。
秋葉は比呂よりは伸び伸びと育てられて、どちらかというと勉強より運動の方が好きだった。
貴美は兄2人と遊ぶ事も多く、ままごとや人形遊びをするよりは外で走り回る事が多くて。
しかし、絵を描くのは好きだった。
飽きもせず白い画用紙に。何時間も、何時間も。
「柊兄ちゃん?」
一向に色鉛筆を動かそうとしない秋葉に、唯が急かすように呼びかける。
「うん……描くよ」
秋葉は笑って、あてもなく辿っていた記憶の欠片を手放した。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ