自動車警ら隊(リクエスト)

□密会2
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意地っ張りな彼女は

きっと恋をしている

鈍感を装うあいつに

それが伝わればいいけれど



「あら?崎田さん」
大塚警察署の側にある喫茶店で、独りコーヒーを飲んでいた崎田に。
そう声をかけてきたのは、秋葉の同僚である立花優だった。
「どうしてこんな所に?」
地検の側にも喫茶店はあるだろうに、という表情で優は崎田を見た。
「ええ、ちょっと。午前中に事件の現場を見せてもらっていて。そちらはお昼休みですか?」
「はい。ちょっと遅い昼休み」
そう言って笑う優は、テイクアウトするつもりだったコーヒーを持って、崎田の向かい側に座った。
もちろん崎田の許可を得て。
物怖じしない性格は元々のものなのかもしれないが、こんな男社会で生きていくにはそれくらいでないと駄目なのかもしれない。
崎田は無礼にならない程度に優を観察した。
「崎田さんは秋葉の同級生、なんですよね?」
「はい。高校の」
最近なんだかこんな話ばかりを振られる。
崎田は苦笑して頷いた。
「という事は、私とも同い年なんですよね……私、秋葉と同期なんで」
「……そうなんです、か」
という事は彼女の年齢は……。と崎田は思う。
年相応といえばそうだし、それよりも若く見えるといえば、そう。
職業をよく考えた服装と、化粧。
きっと仕事場では、『女』という事に対する侮りを一切寄せ付けないと思われる。
一切甘えのない、意思の強そうな瞳が崎田をまっすぐに見ている。
「今日は秋葉には会いました?私はさっき現場から帰ったばかりなんですけど」
優はそう言って、窓の外を見た。
「いえ。今日は梶原君と陣野さんにお世話になりました」
警察官にとって、検事は仕事仲間という感覚を持って迎えられない事が多い。
現場を見せてくれといえば煙たがられる事もしばしばだ。
だが、大塚署の面々とはどちらかというと仕事がやりやすかった。
「相模の事件の事で」
弁護側は精神鑑定を要求し、検察側と弁護側それぞれが依頼した異なる医師が、まったく同じ答えを出した。
「精神鑑定…心神喪失で責任能力が無いっていう……結果でしたね」
優は眉をひそめて呟く。
「これをきっかけに、弁護側は根本的に警察の捜査手法から崩してこようとするでしょう。結局先の3人の殺害については……相模と行動を共にしていた女の犯行ではなかったのかと。そうなれば、相模が手を下した犯罪は、秋葉に関するものだけになる。監禁致傷…殺人未遂…銃刀法違反。しかも心身喪失が認められてしまえば、全てが無罪だ」
淡々とした崎田の言葉に、優は寒気を感じたように肩をすくめた。
「俺も取調べで、何度も彼に会ったんですが…あれはどう見ても。正常な人間です。そして非常に知能が高い」
あれを再び社会に出してはいけないと。そんな危険を感じているのは自分たちだけで。
世の中は、既にあの事件を忘れかけている。
それだけ毎日凄惨な事件が多いという事だ。
当事者たちだけはまだ痛みの渦の中に取り残されているというのに。
しばらくの重い沈黙のあと、優はふと笑った。
「だから、崎田さんは検事になったんですね?弁護士では……時として自分の中にある正義を貫けないから」
弁護士という職業は、依頼を受けた相手の利益を守る事を最優先に考えなければならない。
たとえ自分自身の信条に背いてでも。
「そうです。俺はあまり我慢がきかない性格なので。きっと途中でキレると思いました」
崎田はそう言ってコーヒーを一口飲んだ。
「実際にやってみてどうですか?検察のお仕事は」
優もカップの蓋を外して、ブラックのコーヒーを飲む。
「自分にとっては天職だと思ってます。今のところは。立花さんは?刑事という職業はどうですか?」
崎田の問いに、優はほんの少し言葉を選ぶような表情を見せた。
「私という人間には合っているし、最高の仕事だと思ってます」
唇を笑みの形にして、優は言った。
「きついこともありますけど。やりがいのある仕事です」
そう言って、優は再び窓の外に目をやった。その目に、大塚署前の歩道を歩く秋葉の姿がうつる。
「秋葉だ」
その声が、少しだけ嬉しそうで。
「あなたの言う事なら、秋葉は聞くかな」
「……え?」
怪訝そうな優に、崎田は微笑んだ。
こんな場所で、この2人が密会しているとは夢にも思っていないだろう。
秋葉は大塚署の階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。
「もう少し、自分の事を考えろって言っといて下さい。あいつに」
「………」
優がもう一度笑った時、彼女の携帯が鳴り始めた。
「仕事だ…」
着信の相手を見て、優はカップを持って立ち上がる。
「じゃあ、崎田さん。今度は一緒に飲みましょ。仕事抜きで、同期会」
「ええ、是非」
優の言葉に、崎田は頷いた。
店を出た優が署内に走って戻り。
それから数分もたたないうちに、パトカーのサイレンが鳴り始めた。


何となく、彼女とは戦友になれそうな気がして。
崎田は店を出た。

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