自動車警ら隊(リクエスト)

□休日
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まだ自分を中心に世界が回っていた頃に

思い描いていた未来とは

随分かけ離れた場所に

立っている気がしていた



『藤倉からハガキ来た?』
と崎田から電話があったのは、先週の月曜の事だ。
高校時代の同級生が、とうとう独立して埼玉にバイクショップを開いたと一枚のハガキを寄越した。
高校では校則違反して原チャリを乗り回し、20歳を越えてからはバイト代を貯めに貯めて買った中古バイクを乗り回した仲間でもあるので。
とりあえず、顔だけでも出すのが友人としての礼儀だろう、と崎田は言う。
『じゃあ俺の非番とお前の休みが合えば』
秋葉はそう返答した。
結局崎田と休みが合う日を調整していたら、お互い10日後の木曜が1日フルで休める日という事になった。
警察官は休日とはいえ、所在を明らかにしておかなければならない規則がある。
所属している警察署からある一定の距離を越えて私用で出掛ける時には、いちいち上司の許可を取らねばならない。
それが面倒でつい非番の日はあまり動かない生活をしている秋葉は、書き方を忘れそうな書類に行き先を書き込み、課長の三島に提出した。
「珍しいな?」
そう言われ、秋葉は苦笑する。
ぽん、と許可の印鑑を押し、三島はその書類を秋葉に返した。
とはいえ、前日に厄介な事件でも起こればそんな紙切れは何の役にも立たなくなるのだが。



そして、約束の木曜日。
午前10時まで引っ張られた勤務の後、秋葉は崎田が運転するSUV車の助手席にいた。
「忙しいか」
欠伸を噛み殺した秋葉に、崎田が問う。
「それほどでもない」
真夏のような日差しに目を細めながら秋葉はこの車の特徴でもある、センターメーターに目をやる。速度は60キロジャスト。
秋葉が何を確認したのかを悟り、崎田は軽く笑う。
「さすがにこの組み合わせで違反は無い、な」
「お前はまだいいだろ。サイレン鳴らしたら爆走できるし。俺はいつもこれ以上アクセル踏めないぞ」
崎田の言葉に、なるほどそういう考え方もあるかと秋葉は思う。
しかし最近速度違反や駐車違反で切符を切られる警察車両が増えている。
そういう目にだけは遭いたくないので、一応気をつけてはいるのだが。
「藤倉、30前に独立か。夢を叶えたなあ」
信号待ちのついでに、崎田は彼から送られてきたハガキを手にした。
「メーカーの看板掲げたらそれはそれで大変なんだろうけどな?」
秋葉がその時何を考えていたか、と言えば。
仕事に関する記憶を取り戻すのを最優先にした結果、藤倉や崎田と共有したであろう時間の、恐らくほとんどを自力では思い出せていないのが現実で。
若干の不安と申し訳なさが入り混じった、複雑な感情を抱いていた。
切れ切れに取り戻した記憶をつなぎ合わせても、間に合わない。
「何緊張してるんだ」
「………別に、してないよ」
崎田に言われても、秋葉はそう答えるしかない。
「あんまり考えるなって。藤倉だってちゃんと分かってるよ」
「お見通し、かよ」
ふい、と窓の外に目をやる。
普段仕事では運転を担当する事が多いので、何となく落ち着かない。
「最近のお前の悪い癖はね、そうやって何も信じられなくなるとこ」
「かもね」
やがてカーナビから目的地周辺に到着したと告げられ、崎田は車を減速させながら店の看板を見て笑った。
平日の昼間という事もあり、店の駐車場にはバイクが2台だけが停まっていた。
崎田は車用の駐車スペースに入ると、エンジンを切る。
「うわ〜、マジで来てくれた!!」
2人が車を降りると、修理用のガレージから藤倉が出てきた。
180センチを越える身長はこの中では一番高い。
日焼けした顔に更に黒いオイルをつけ、嬉しそうに笑顔を見せた。
「ハガキ見た時も思ったけど。バイクショップ藤倉ってまんまだな。もうちょっとひねれって」
崎田の言葉に、藤倉は更に笑う。
「ひねる頭ねえもん。藤倉商会よりはマシっしょ」
「中、見ていい?」
「どーぞどーぞ。ついでに一台買ってくれたら嬉しいっす」
それは無理、と笑いながら、崎田はガレージの隣にある店内へと向かう。
「秋葉はガレージ見る?」
「ああ…うん」
工具やパーツが散乱し、作業台の上に組み立て途中なのかバラしている途中なのか分からないバイクが乗っている。
その台の上に、雑種の白猫が一匹寝そべっていた。
秋葉を見て目を細め、にゃあ、と鳴く。
「………なんで、猫」
「俺猫が好きでさあ。絶対独立したら猫飼おうと思ってて」
猫は起き上がり、藤倉の手のひらに甘えるように顔を擦り付ける。
「バイクショップを開くのと、猫を飼うのが夢だったから」
隣に立つ秋葉にも、おもてなしといわんばかりに甘えてくる。
飼い主に似て人懐こい。
「じゃあ、これで夢が叶った?」
猫を撫でながら問う秋葉に、藤倉は首を横に振る。
「まだまだ。店も軌道に乗せなきゃだし。独立するって憧れてたけど大変」
ガレージを見回して、藤倉は笑った。
「懐かしいっしょ、こういうにおい」
「そうだなあ」
秋葉も、オイルのにおいは嫌いではなかった。
「バイク、買いません?GSX−1000がお勧めですけど。そんでまたツーリングに一緒に行こうぜよぅ」
「崎田と同じく金がありません」
藤倉がどこまでが本気なのかは分からないが、金と時間がないのは本当だ。
いや、9割は本気かもしれない。
そう思いながら、秋葉は笑った。
「とりあえず、これで3人とも夢の第一歩?みたいなとこに並べたかな?」
藤倉は六角レンチを手に取って呟く。
「お前は刑事、崎田は検事、俺はバイク屋。高校の文集にそんな事書いたよな」
そう言われて秋葉は苦笑するしかない。
そんな文集は卒業式の後、一度も開いた覚えはなかったし、恐らくもうどこにもない。
「書いたっけ」
「間違いなく書いてました。何なら見せてやる」
「いいよ、何か変な事書いてそうで恥ずかしい」
こうして楽に話せるのは、藤倉の人徳だろうか。
「他の奴らはどうなったのかよくわかんないけど、お前らが頑張ってるからさ。俺も何とかやっていこうかなって」
藤倉は猫を抱き上げて言う。
「いいもんだね?仲間ってか……もう、住んでる世界は全然違うんだろうけど、時間がたってもずっと変わらない友達って。今度同窓会でもしようか」
「いいね」
そう答えながら。
結局自分は欠席に丸をつけてハガキを返送してしまうだろう。
藤倉もそれは分かっているだろうけれど。
変わらないものと、それを抱えたまま変わっていかざるを得ない自分達と。
「同窓会?それなら俺、幹事やる」
店からガレージにドアを開けて入ってきた崎田が手を上げた。
「んで、幹事欠席だろ」
「その可能性大」
ひとしきり馬鹿みたいに笑った後で、藤倉はふと真顔になった。
「ねえねえ、バイク買ってよ」

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