自動車警ら隊(リクエスト)

□夏の夜には怪談を
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梶原が資料室から刑事課に戻ると。
影平が秋葉に向かってなにやら真剣な表情で話をしていた。
秋葉はいつものように、それを無視する形で書類をまとめている。
「今日もまたしりとりゲームやってるんですか?」
自席にファイルを置き、梶原は2人の顔を交互に見る。
「ち、がーう!!今日は本当にあった怖い話」
影平はそう言い、梶原にも話に加わるように手招きした。
「夏の夜勤にはやっぱりこれでしょうよ。なあ?梶原」
「……相手にするなよ」
影平と秋葉にほぼ同時にそう言われ、梶原は困ったように笑う。
「俺、駄目なんですよ。お化けとか霊とか。妖怪ならまだマシですけど」
梶原の言葉に、秋葉は何かを思いついたように目を上げた。影平もにやりと笑う。
この時点で梶原は自分が大きな墓穴を掘ってしまったことに、まだ気付いていない。
「お前、2時から仮眠だよな…今日は何処だ?」
秋葉の問いに、梶原は一度天井を見上げた。
「仮眠室、ですけど」
「あ〜…仮眠室ですって、影平さん」
「うわ〜、来たよ来たよ」
意味不明なやりとりをして、2人は黙ってしまった。
秋葉がパソコンのキーを叩く音と、影平が供述調書に添付する図面を書いているペンの音だけがしばらくの間その場に響く。
「あのう…そこで黙られると俺は非常に気になるんですが…?」
梶原はおそるおそる、そう切り出した。
「お前、あの部屋なんとも思わねえ?」
影平が声をひそめた。
「いいえ?別に何も」
あっけらかんとした梶原の答えに、秋葉は溜息をつく。
「……幸せな奴」
「もー!!!何ですか!!すっげえ嫌な感じです!!」
梶原はとうとう焦れて叫んだ。
秋葉が、すい、と視線を梶原に向ける。
「聞きたいか」
「……え?」
秋葉に囁くような低い声でそう言われると、なんだかとてつもなく怖い話が語られそうで梶原は少し身を引いた。
「聞きたいか?」
秋葉はもう一度同じ言葉を繰り返す。
「あ……じゃあ……聞き、たい、です」
梶原は頷かざるを得なくなり、逃げ腰になりながらも何とかその場に踏みとどまった。
秋葉は、彼にしては珍しく仕事の手を止め、梶原の方に身体を向けた。
「あの部屋、出るから」
「………ゴキブリとかクモとか?」
真顔の秋葉の口からどんな話が出てくるのかが怖くて、梶原はひきつった笑いを浮かべる。
「馬〜鹿、幽霊だよ幽霊」
影平が、これまた彼にしては珍しく、書類から目を上げずにそう言った。
「俺はあの部屋で何度も金縛りにあってるし、秋葉は何か見たんだよな?」
「マジ、ですか…?」
秋葉は影平のようにいい加減な事を梶原に言った試しがない。
梶原は救いを求めるように秋葉を見たが、秋葉は軽く肩をすくめただけだった。
「…女」
ぽつり、と秋葉は呟く。
「夜中に目が覚めたら、女がいた。俺は横向きで寝てたんだけど…寝苦しくて目が覚めたんだ。そしたら…」
そこで秋葉は視線を逸らす。梶原の腕に一気に鳥肌が立った。
「いや、もう、いいです。ははは……」
あたふたと両手をふり、梶原は秋葉を止める。
「あ、もう2時だな。仮眠行ってこいよ。影平さん、俺も30分寝てきていいですか」
「いいよ〜ん。梶原もいい度胸だな。秋葉の話、最後まで聞かなくていいんだ?まあ、いいか。おやすみ〜」
「うっわ、影平さん凶悪ですよ」
秋葉は既に話自体に興味をなくしたように、部屋を出て行こうとしている。
「秋葉さん、待ってくださいよ。やっぱり最後まで話してください!」
ドアを開けた秋葉は、その場で振り返る。
「聞きたい?」
「きききき、聞きたいです!!」
秋葉が語る怪談を最後まで聞かないほうが、梶原にとっては恐怖だ。
「ほんとに?」
首を傾げ、秋葉は踵を返して梶原の側に歩み寄る。
梶原は何度も頷いた。
「目を覚ましたら、向かい合わせでこれくらいの距離に…」
と、秋葉は梶原の顔の前に手をかざす。顔から10センチ程、だろうか。
「こう、無表情に目を見開いた感じの…」
秋葉はそう言って、顔を傾ける。
その表情が、恐らく秋葉が見たという『女』の表情を再現しているのだろうと思うと、本当に怖い。秋葉のどこか中性的にも見える顔立ちが、尚更にそれを助長する。
「女が。しかも首から上だけの、女が、な……」
秋葉は一段と声をひそめる。
梶原はそれにつられて秋葉に近づいた。
「………この話、怖い?」
真剣な梶原の顔を見上げ、秋葉は問う。
「もしかして、からかってます?」
もはや涙目の梶原は、もしこれが作り話でも今夜は眠れそうにない、と秋葉に無言で訴えた。
「さあ、どうでしょう」
本当とも嘘とも答えずに、秋葉は意地の悪い笑みを浮かべた。
「も〜!!!」
絶叫する梶原を今度こそ置き去りにして、秋葉は仮眠場所である相談室へと向かう。
「ああ、あとね。霊安室……」
影平の呟きは最後まで聞かずに、梶原も刑事課を飛び出した。



「秋葉さん、秋葉さん…」
身体を揺すられ、ソファの上での、つかの間の眠りを邪魔するその声に秋葉は目を開けた。
「………んだよ」
顔から10センチ程の距離に、梶原が泣き出しそうな目をして秋葉を覗き込んでいた。
秋葉は鬱陶しいという意思表示で溜息をつく。
「眠れません」
「じゃあ、起きてろ。俺は寝る」
再び目を閉じる秋葉の身体を、梶原は更に乱暴に揺さぶる。
「秋葉さん秋葉さん!!」
「何だよ!鬱陶しい!!」
とうとう身体を起こした秋葉に、梶原は一言呟いた。
「……ここで寝てもいいですか?」
「好きにしろ」
向かい側のソファを指差す梶原に、秋葉はそう言って背を向ける形で横になった。
とりあえず、今30分寝ておかないと自分は身体がもたない。
これ以上騒がれては困るのだ。
「…………おやすみなさい」
長身の身体を窮屈そうにソファに沈め、梶原はそう言った。
秋葉はふと閉じていた目を開ける。
「あ。そういえばこの部屋な……」
「も〜!!!!!!」
耳を塞いでじたばたと暴れる梶原に、秋葉は声を殺して笑った。
「も〜…マジで凶悪ですってば…」
当分の間満足な仮眠は取れそうにもないと、梶原は深い溜息をついた。

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