自動車警ら隊(リクエスト)

□宵祭
1ページ/2ページ

夕刻。
手元にある電話が鳴った。
内線からの通話であることを示す赤いランプが点灯するのを確認し、秋葉はそれに手を伸ばす。
「はい。刑事課、秋葉です」
「あ、秋葉?」
飄々とした声が受話器から聞こえ、秋葉は少々脱力してしまう。
「どちら様でしょう」
「俺俺」
相手は笑いながらそう言う。
「俺だって俺ですが」
「うははは、そりゃそうだ」
相手は少年課の佐藤だ。それは分かっているのだが。
「ちゃんと名乗りましょうよ、いくら内線とはいえ」
一応苦言を呈し、秋葉は机の上に置いてあったメモを見る。
「今晩、日勤の後なのに悪いね」
佐藤の声が、申し訳なさそうにトーンを落とした。
今夜は大塚署の管轄内で夏祭りがあるのだ。地域課の連中は交通整理に出払っているし、少年課は補導などで忙しい。
刑事課は比較的そこには関わらないのだが、秋葉は例によって今夜は少年課にレンタルされることになっていた。
「この後……19時集合で21時半まででいいんですかね?」
日勤、24時間勤務、半日勤務、日勤と。
ここのところ通常のサイクルが乱れている。
そういう理由もあり、さすがに深夜帯の巡回は免除させてもらった。
「装備はそっちの貸してもらえるんですか?」
「うん。携帯無線はこっちので。特殊警棒は持ってきて。すまんね、よろしく頼むわ」
「了解」
通話を終わらせて、秋葉は時計を見た。
午後6時。
秋葉は頬杖をつき、両手で顔を覆った。
連日の暑さも手伝い、とにかく身体から疲れが抜けていない。
「お疲れ様ですね」
隣の梶原が帰り支度をしながら秋葉を労う。
「これ、絶対お前向きの仕事だと思うけどなあ……」
子供に懐かれそうなのはどちらかといえば梶原の方だと思うのだが。
何故か佐藤はこういう仕事を秋葉に振ってくる。
「この後何時間も吸えないし。今のうちに煙草吸ってくる。お疲れ」
煙草とライターを手にし、秋葉は喫煙所へと向かった。



携帯無線とイヤホン、そして不測の事態に備えて特殊警棒を身に着ける。
左腕に腕章をつけ、私服を着ていてもそれで警察官だという事は周囲に分かるだろう。
「とりあえず、メインはこの商店街の直線と公園ね」
少年課員と、秋葉の他にも各課から数名借り出された人員とで10数名のチームが出来上がっていた。
日が暮れてもなお、昼間に蓄積されたアスファルトの熱は解消されず。
時間とともに増えていく人の熱気も手伝い、空気が浮き足立っている。
「未成年者の飲酒喫煙、喧嘩等。見つけたら容赦なくやっちゃってください。基本2人1組で動いてね」
佐藤のその一言が合図となり、それぞれが巡回を始める。
秋葉はイヤホンを左耳に押し込んだ。
腰のベルトに装着したデジタルの小型無線機の音量をこの喧騒に合わせる。
秋葉は、警察官になったばかりの頃、慣れないうちはこのイヤホンが嫌いだった。
片方の耳を封じられると何となく全身のバランスが取り辛い。
「秋葉は、俺と行くか」
佐藤にそう言われ、秋葉は頷いた。
「疲れてんな、顔が」
「完全に寝不足だと思います」
苦笑して秋葉は周囲を見回す。どちらかというと未成年者よりは成人、それも少し怪しげな風貌の、この場に馴染んでいない雰囲気の大人に目が行ってしまう。
こういう人ごみには窃盗犯なども紛れ込んでいる場合が多い。それもかなりのプロが。
「出来たら、子供に気をつけてくれや」
佐藤の言葉で秋葉は自分に課せられた今日の任務を思い出し、再び苦笑した。
「あ!」
と佐藤は短く声を上げ、屋台と屋台の間にいた少年に近づく。
「こら」
「うわ!!佐藤!!」
彼は管内の不良共にはそこそこの知名度があるらしい。
注意される側も、佐藤に声をかけられると何処となく嬉しそうだ。
(こういうのが天職って言うのかな)
秋葉はその姿を見ながらそう思う。
押し付けがましさも無く、単純に親のように彼らを気遣う佐藤は、厳しくも優しい。
何より、佐藤はこの仕事と子供を愛している。
相手にもそれが伝わるのだろう。誠実な言葉と、嘘のない愛情。
夜の街を住処にする彼らが欲して止まないもの。
1時間程佐藤と行動を共にしていると、秋葉にはそれが分かり始めた。
人の親でもある彼は、恐らく我が子に対する愛と寸分も違わない愛情を、群れてはいるが孤独な彼らに注ぐ。
彼らも敏感な嗅覚で大人の嘘を嗅ぎ付ける能力があるのだ。
「結構かわいそうだと思うよ。今の子供は」
佐藤はそう呟く。
「何でもあって、不自由なく暮らせる。街に出ればまあ、ダチもいて群れて騒げる。でも、どこか寂しい。どこか孤独。本当は居場所がないのかも知れない」
言われれば、秋葉たちが声をかけなければならない子供たちは、ほとんどが寂しい顔つきをしている。
大人びた言動の影に、あどけない年相応の表情は隠せずに。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ