自動車警ら隊(リクエスト)

□オシゴト
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「ほーいよっと!!」
刑事課の隣にある、小さな会議室。
長机の上に、影平が勢いよく住宅地図を広げた。
ホワイトボードには、事件発生からこれまでの情報が書き出され、現場の写真などが貼り付けられている。
ここ最近、管内でひったくり事件が続いている。
住宅街を徒歩で移動する老人や女性の後ろから自転車で近付き、荷物を奪い取って走り去る、というのが共通点だ。
犯行は昼間の時もあれば、夕刻から夜間にかけての時もある。
引ったくりに遭った被害者の証言は、気が動転している事もあり、少々ばらつきはあるものの、恐らくは同一人物による犯行だろう。
「んーと。昨日のがここだろ?今日のがこの辺」
犯行現場を、蛍光ペンで囲む。
日付と現場ごとに色を変えながら、それは既に数色になった。
「チャリで現れるんなら、行動範囲はこれくらい」
影平の横から、薬師神が黒いマジックで地図に印を入れる。
「陣さん、この4箇所くらいで絞ってみますぅ?」
側に立つ、陣野へと問いかける影平の声は、のんびりとしている。
だが。
心なしか目が輝いているのは見間違いではあるまい。
結局、忙しいのは嫌いだが、暇も嫌いな人間なのだ。
事件があれば、血が騒ぐ。
「そうだな……」
陣野は一度考え込むように地図を睨み、ホワイトボードへと向かう。
「巡回2人、プラス囮役が1人……4班に分かれるか」
きゅ、と陣野が手にしたマジックが鳴る。
捜査員の名を書き出し、役割分担を決めるのだ。
「まあ、地域課か少年課から少し人員を借りるとして……」
「少年課でいいじゃないすか、いつも秋葉使われてるんだから」
陣野の独白に、影平がすかさず言った。
「秋葉なんか、こんな時のためにレンタルしてんじゃん。な?秋葉」
蛍光ペンの先で指され、秋葉が顔をしかめる。
こんな時の影平は、どうにも無駄にテンションが高くて扱い辛い。
こんな時、というのは。
事件が起き、しかも現場を単に張り込むだけではなく存分に外で動き回れる時、だ。
「そういう意図でレンタルされてるとは思いませんでしたが」
正直、自分の仕事の合間に他の課に借り出されるのは勘弁して欲しい、と秋葉は常々思っている。
以前よりもその回数は減ったとはいえ、まだ時折そういう機会もあるのだ。
「そういう使い道だよ、バーカ……いってえ!!何すんだよ、ヤク!!」
秋葉に向かって暴言を吐く影平の頭を、後ろから薬師神が叩いた。
(…………なるほど)
秋葉はその2人の姿を見て、何となく影平のテンションが高すぎる理由を悟る。
通常、滅多に薬師神がこのチームに入ってくる事はない。
班が違うからだ。
今回は薬師神がいる班から3人、こちらにフォローに入ってもらっている。
影平と薬師神は同期で、気心が知れている。
それこそ、警察官として採用された時からの仲だ。
一緒に仕事が出来るのが楽しいのだろう。
(…………楽しい、のかな……?)
秋葉はふと、自分の隣にいる優を見る。
刑事課で唯一の女性刑事だ。
ここでは自分にとっての同期は彼女しかいない。
警察学校からの付き合いらしいが、あまり実感が持てないままでいる。
確かに、仕事上では性別の違いなど感じさせない彼女ではあるし、同僚として頼りにもしているし尊敬もしているのだが。
「何よ」
「……いや、何でも…」
気の強い返事を返され、秋葉は慌てて視線を彼女から外す。
(………楽しい、の、か、な…)
秋葉にはよく分からない。
視線を外した先には梶原がいる。
「………?」
穏やかな性格の彼は、やんわりと首を傾げて見せた。
「じゃあ、組み合わせはこれで」
陣野の声に、ホワイトボードに全員の目が向けられる。
「ちょぉっと待ったぁぁぁぁぁ!!!異議あり!!」
影平が勢いよく右手を上げた。
「いつにも増してうるさいな、お前」
陣野が顔をしかめる。
「異議あり!!俺、今日は秋葉と組みたくない!!」
「………」
何の駄々をこねているのだ、と秋葉はがくりと崩れ落ちそうになる。
「っていうのは冗談で……」
再び薬師神が手を振り上げる姿が目に入ったのか、影平は身を竦めながら陣野の手からマジックを奪い取った。
「ここ。立花が囮で歩く訳でしょ?サポートが梶原だけじゃ危ないと思いますよ」
影平は、マジックで優と梶原の名前を囲んだ円を、さらに秋葉まで広げる。
「結構引ったくられる時って、衝撃強いし。な?立花」
「…ま、あ。そうですけど」
秋葉は机に両手をついてうなだれていたのだが、恨めしげに顔を上げる。
「で。こうすりゃ丸くおさまるじゃない。何、その顔。何か文句でも?」
きゅるきゅると、影平は自分の名と薬師神の名をひとつの円で囲む。
「いいえ、別に」
異論も文句も、聞く耳など持たない癖に。
そう言いたい気持ちを抑え、秋葉は溜息をついた。
影平の気まぐれに付き合うのには慣れている。
そう自分に言い聞かせた。
「これって結局、過分に影平さんと立花さんの私情が入ってる組み分け……ですよね?」
そっと秋葉の側に寄ってきた梶原が、ぽつりと秋葉に呟いた。




いい天気だ。
4月19日。
住宅街に違和感なくもぐりこめるように、影平はカジュアルな私服に着替えて自転車に乗っている。
昼間とあって、人通りはあまり無い。
時折連れ立って歩く老齢のご婦人方と擦れ違うくらいだ。
既に巡回を始めて1時間半。
以前引ったくりが起きた時刻に合わせ、前後1時間を含めての巡回だ。
場所を変えながら、この数日はこうした行動を繰り返している。
きーこ、きーこ、と俗に言うママチャリをのんびりと漕ぐ。
事件捜査でなければ、今日は絶好のサイクリング日和かも知れない。
左耳には、目立たないように無線のイヤホン。
「あ〜あ、こっから何か音楽でも聴けたらなあ…」
不謹慎な呟きは、誰にも聞かれる事はない。
これが、一緒に組むのが非常に融通のきかない秋葉だと、また話は別なのだが。
ゆっくりと住宅街を走っている。
今日この道を走るのは2回目だ。
「もしかして、こうやって昼間っからぶらぶらしてる俺らが一番怪しいんじゃね?」
ふとそんな事を思い、影平は十字路で自転車を停めた。
くるりと辺りを見回してみる。
先ほど擦れ違った老婦人2人が、遠くから眉をひそめてこちらを見ていた。
引ったくりが続発しているという情報は、住民達にはかなり行き渡っている。
「……もしかして、もしかするかも」
まあ、怪しい人物がいると通報されればそれなりに状況を説明して対応してくれるだろう。
「あ〜あっ、早くとっつかまえて帰りてえなっと」
しばらく周囲を確認した後で、影平はまた自転車を漕ぎ始める。
早く帰りたいのには、理由があった。
今日は誕生日なのだ。
夜勤でもないし、数日ぶりに起きている娘にも会いたい。
「出てこい出てこい、引ったくり〜…」
いい加減なメロディをつけて小声で歌っていると、前方から同じように自転車に乗った薬師神が走ってきた。
擦れ違う瞬間、お互いにスピードを緩める。
完全に止まってしまうと、もしも見られていた場合に怪しまれてしまう。
「どう?」
薬師神が短く問う。
影平は小さく首を横に振った。
「尻痛ぇわ…」
苦笑しながら、目配せを交わし。
2人はそのまま別れた。
しばらくして、影平のイヤホンに薬師神の小さな声が聞こえた。
「おめでと、誕生日」
「………あ〜……」
振り向く事なく、影平は笑う。
「あ〜りが〜とさ〜ん」
固いサドルに長く座り続けて疲れてしまった。
影平は両方のペダルにしっかりと足を乗せ、立ち上がる。
自転車に乗るのは久しぶりだ。
うっかり事件の事を忘れてしまわないように表情を引き締めながら、影平は心地良い向かい風を浴びた。

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