公安第一課(裏?)

□片翼
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まっすぐに
素直な感情を
ぶつけられるのは

本当に苦手



俺の中の『感情』は、もう動かなくなったものだと思っていた。
その方が楽だった。
何も感じないように。何にも心を動かさないように。
こいつが俺の前に現れるまでは。
「秋葉さん、秋葉さん、あーきばさんってば!!!」
いちいちうるさい。新しいパートナーの、この新人は。
俺は出来る限り無表情のままで隣の席に座る梶原を見る。
「………何?」
こいつが5センチ俺より背が高い事も実は嫌だったり。
ばかでかいくせに、まるで犬みたいに懐かれて嫌だったり。
そのくせ時折、鋭いのか無邪気なのか分からないくらい自然に、俺の心に触れようとしてくる。
とにかく自分のペースを乱されまくって、最近の俺は不機嫌メーターが完全に振り切れた状態だ。
「今度の飲み会の回覧、回ってきてますよ?」
「…………」
確かに今、俺はぼけっとしていたかも知れない。そうかも知れないが。
そんなくだらない理由で俺を3度も呼ぶ必要がどこにあるのだろう。
「行きます?」
「お前が行くなら欠席」
ひったくるように差し出された回覧を受け取る。
俺は出欠と自分の名前の欄にチェックを入れて、向かい側の同僚にそれを放り投げた。
「うっわー、ひどい」
「…………」
梶原が心底傷ついた表情を見せるので、ほんの少しの罪悪感が胸の内に生まれてしまう。
「うるさい……」
ようやくそれだけを呟くと、俺はその場から逃げるように席を立った。
「どこ行くんですか」
「うるさい」
煙草の煙が苦手な梶原は、喫煙所までは付いてこない。
大体、この新人の面倒を俺が見なければならないとしても。
「俺はお前の保護者じゃない」
俺は机の引き出しから煙草とライターを取り出して部屋を出た。



本当は。
もう随分前から煙草は身体が受け付けなくなっていた。
煙草を『うまい』と感じるような理由では吸っていない。
ただ、あらゆる方向へいびつに尖ってしまった神経を鎮めるためだけに。
大して役に立っているとも思えないけれど。
俺は溜息と共に煙を吐き出した。
「お疲れさん」
煙草を灰皿の上に置き、目を閉じているとそう声をかけられた。
俺は目を開けると、ついついその声の主に恨みがましい視線を向けてしまう。
「陣野さん…」
陣野は、つい先日まで俺と組んでいたベテランの刑事だ。
「何で俺が……って顔に書いてあるぞ」
「何で俺なんですか。理由が分かりません」
俺は、ろくに吸ってもいない煙草を灰皿に押し付けた。
「分からないか?」
陣野は片方の眉を上げて俺に問う。
「あいつ………もっとまともな奴と組ませてやったほうがいいです。俺はあいつの役にはたたない……」
それどころか。
恐らく自分と組んでいる事によって被る不利益の方が多いのではないだろうか、とも思う。
「お前が怖がってるだけだよ」
陣野は俺の事情を一番よく知っている。
何も知らない梶原とはまた別の角度から、核心を突いてきた。
「怖いんだろ。あいつが。馬鹿みたいにまっすぐで」
「…………」
そう、なのかも知れない。
誰にも背中を預けられないのは、自分の問題で。
「お前だって…最初はそうだったろ?まあ…梶原ほど素直じゃなかったけどな」
と陣野が笑った。
「秋葉さ〜ん!!地域課から内線かかってますよ!!」
通路の向こうから、梶原の声がした。
俺はまた溜息をつき、立ち上がる。
「あいつはお前の欠けた部分を補えるし、お前もよくあいつの未熟な部分をカバーしてるよ。とりあえず、2人合わせて一人前半くらいでいい。今は」
背後から投げられた陣野の言葉。
そんなのは面倒くさいし鬱陶しい。
「内線3番ですよ」
刑事課に戻った俺に、にこやかに梶原が言う。
そんなまっすぐな目で。
(俺を見るなって……)
俺は梶原から目を逸らし、受話器を上げた。
地域課の巡査と話しながら、自分の視界の隅にうつる梶原が昨日教えた書類と格闘している。


恐ろしいほどの素直さで、俺を引きずりまわす。

本当に強いのは。
こいつみたいな人間なのかも知れない。

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