公安第一課(裏?)

□あなたは知らない
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あなたは

この心の痛みを

知らない



昨夜何針か縫った傷跡は、今朝になって熱を持つ。
勤務があけて帰宅した秋葉は、鞄の中から医者に処方された痛み止めと解熱剤を取り出した。
「……ちゃんと薬、飲んでください」
まるで当たり前のように、梶原がこの部屋にいて。
秋葉はひとつ溜息をついた。
「ああ……」
プラスチックのシートから、錠剤を手のひらに出して秋葉は水と共にそれを飲み込む。
梶原は、秋葉の右手をそっと取った。
「何?」
顔をしかめる秋葉を見つめて、ひどく心がざわついた。
「こんな傷は……もう……つけないでください」
自分の目の前で、秋葉が何のためらいもなく危険に身をさらすのが怖い。
「何言って……」
訝しげに眉をひそめる秋葉を、強く抱き締めて。
「熱、上がっちゃいましたね」
肌に直接触れなくても分かる。Tシャツ越しに伝わる、通常よりも高い体温。
「は、な、せ」
一言ずつ区切って、秋葉は言う。
「痛い、ですか?」
「全然。お前のほうが、何か痛そうな顔してる。………どうして?」
解けない謎を目の前にしたように、秋葉は首を傾げている。
(あなたは俺を無邪気だというけれど)
こんな時は。
秋葉の方が凶悪な無邪気さで梶原の心を傷つけていく。
(あなたには、きっと分からない………)
秋葉の熱い頬に自分の頬を押し付けて、梶原はそう思う。
(こんな、心の痛みは)



ベッドに秋葉を寝かせて、薬の影響からかすぐに眠りに落ちる彼を隣で見つめていても。
それは安眠とは程遠い眠りに違いない。
秋葉が自覚する事の無い、彼が味わった恐怖。
目を閉じた瞬間から始まる記憶の再生。
梶原は、汗で額に張り付いた秋葉の前髪を、そっとかき上げてやる。
「………」
嫌がるように首を振り、秋葉は薄く目を開けた。
「梶原………」
熱に浮かされた声で秋葉が呼ぶ。
左手の指先が、梶原を探した。
「ここにいますよ。水、飲みますか?」
起き上がろうとした梶原を、その指先が捉える。
「俺……まだ……生きてるのか……」
揺らぐ視線。
一体どんな夢の淵をさまよっていたのだろう。
(だから……)
だから梶原は、こんな傷を秋葉に負わせたくないのだ。
意識がある間、秋葉は自分を偽り続ける。
押さえつけて意図的に深く眠らせている何かが、眠るたびに頭をもたげるのだ。
ともすれば破綻しそうな秋葉の心を。
支え切る事が、果たして自分にできるだろうか。
梶原は、そう思いながら秋葉の手を握り締めた。
「梶原………」
こんな時にしか、秋葉は素直に助けを求める事も出来ない。
ただ、その時には。
確実に自分が彼の側にいればいいのだと、そう言い聞かせて。
「ここにいます」
梶原はもう一度、しっかりとその手を握ってやる。
その事に安堵したように深く息をつき、秋葉は再び目を閉じた。



あなたは知らない


その心が


どれだけ悲鳴をあげているのかを

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