公安第一課(裏?)

□風邪を移しに?
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梶原が風邪をひいた。
しかもインフルエンザ、らしい。
何故か病院帰りに俺の部屋に上がりこみ。
俺の部屋でぶっ倒れ。
そして俺のベッドを占領している。


この一週間別の班に借り出されていた梶原は、俺とは勤務の形態が違っている。
俺はその日、朝9時に勤務があけ、しかし再び午後1時から5時までの勤務という無茶なシフトが組まれていた。
職場から帰宅して10時、正午にはまた出勤しなければならないので、シャワーと着替えだけを済ませて仮眠は取らない事にした。
ためてしまった新聞を整理した後で、煙草に火をつける。
あと30分したら出勤しようかという時。
梶原が来たのだ。
ドアチャイムを押したまま、ふらふらと倒れそうな梶原を部屋に上げる。
「お前なあ、病院帰りに俺んち来るな。寝込むなら自分の部屋で寝込めって」
額に手をやると、ひどく熱い。
馬鹿でも風邪を引くのかと、根拠の無い民間伝承を否定する材料を見つけた気になる。
(いや?最近は馬鹿が風邪引くんだっけ?)
先日誰かがそんなことを言っていたような気もする。
(ああ、村上沙紀だ。あいつもこの前風邪引いてたな)
俺はそれを思い出し、やはり最近は馬鹿が風邪を引くのだと納得した。
「仕方ないな」
追い出すわけにも行かず、梶原をベッドに寝かせると俺は冷蔵庫の中から冷却シートを取り出した。
そんなものは気休めにもならないほどの高熱だが。
「それ、ただの風邪?」
少し嫌な予感がして、俺は梶原に問う。
「……フ…ル…エンザ」
掠れた声で、今こいつ何て言った?
俺は梶原が持ってきていた薬局で処方された薬をがさがさと漁る。
「………タミフルかよ、おい」
インフルエンザだ。この季節に。
「昨日、取調べしてた奴がインフルエンザ…で」
そう呟く梶原はやっぱり馬鹿だ。そうに違いない。
インフルエンザといえば、出勤停止になるくらい威力の強いたちの悪い病気ではなかったか。
それで何故こいつは俺の部屋に来るのだろうか。
俺を馬鹿の仲間にしたいのか?
「……大丈夫かよ」
結局今更放り出すわけにもいかず、俺は苦しげな梶原の顔を覗き込んだ。
「とりあえず、俺仕事行くけど」
冷蔵庫に入っていたポカリスエットと、ゼリー飲料をテーブルに置く。
「夕方には帰ってくるから、ちゃんと寝てろよ。薬飲んで」
心細そうに見上げられて、まるで犬を置き去りにして出掛けなければならないような気分になる。
冗談じゃない。何で俺が。
そう思いながら梶原の頭を軽く撫で、俺は部屋を後にした。



結局いつものごとく、勤務は時間内には終わらず。
それでも何とか1時間で収めた超過勤務を終えて帰宅したのは午後7時だった。
薄暗い部屋にそっと入ると、梶原は眠っていた。
額に手をやると、眉根を寄せて目を開ける。
「あ〜…冷たい…ですね」
俺の手に触れると、梶原は心地よさそうに再び目を閉じようとする。
「薬、飲んだか?」
テーブルの上に置いたものには、手は付けられていない。
「あ〜…忘れてました」
「お前な」
人の事にはいちいちうるさく世話を焼きたがるくせに。
「いっつも人の心配するくせに、何で自分の事は出来ないんだ」
俺はポカリのキャップを開け、グラスに注ぐ。
薬の処方箋を読み、錠剤を指定された数取り出した。
「秋葉さんに、心配してもらうのって…」
身体を起こしながら、梶原は笑う。
「……ちょっと感動」
「帰れ、馬鹿」
俺は思わず梶原の頭をはたいてしまいそうになり、さすがに病人相手にそれはまずいだろうと思い直す。
「ごめんなさい。風邪を移しに来たつもりはないんですけど」
薬を飲み、梶原はぺたりとベッドに顔を伏せる。
「病気の時って……独りは嫌なんです」
側にあった俺の右手を握り締め、梶原は呟く。
「誰かに居てもらうのって…安心するじゃないですか」
その感覚には覚えがある。
確かに。
熱にうなされて目が覚めた時に、自分を見つめていてくれる人がいて。
やわらかく触れてくれる人がいるだけで、安心できる。
「馬鹿か」
握られた手をそっと外し、寝息をたてる梶原の頭を撫でながら俺は呟いた。


明日は非番だし。
こいつのわがままをきいてやってもいい。
どうせ暇だし。

もしかして、これは見え透いた言い訳だろうか?

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