公安第一課(裏?)

□甘い唇
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いつものキスなのに

いつもと違う味がした



「ただいま……」
冗談じゃなく疲れ切った状態で、秋葉が帰宅したのは23時を過ぎた頃だった。
玄関の鍵が開けられる音がして、梶原は顔を上げる。
「おかえりなさい」
「まだ起きてたんだ?明日も早いのに」
テーブルの上に置かれた宮沢賢治の詩集と先日臨床心理士にもらったという本に目をやり、秋葉はネクタイを緩めた。
明日午前中の勤務をこなせば、おそらく午後から明後日一日は休めるはずだ。
秋葉はそのままシャワーを浴びるために風呂場へ行く。
髪を洗い、身体を洗ってようやく落ち着いた。
「疲れた……煙草吸わせて」
秋葉は部屋着に着替え、髪をバスタオルで拭きながら、梶原が座っているキッチンのテーブルに置いてある煙草を取ろうとした。
結局、公園で乱闘していた高校生を補導し手を出した数人を大塚署に連行し取り調べという一連の流れをこなしていたら、こんな時間になってしまった。
思えば夕方から一本も煙草を吸っていない。
「お疲れ様でした」
梶原は立ち上がると、秋葉の身体を抱き締めその髪に頬で触れる。
こうして動きを封じるのは、なるべく彼に煙草を吸わせないためだ。
「あ、お祭りのにおいがする」
「どんなにおいだよ。ってか今シャワー浴びたし」
秋葉ははしゃぐ梶原の背中を軽く叩く。
「頼むから。煙草吸わせて。も、限界」
それでも梶原は秋葉の身体を離さない。
「お祭り、嫌い?」
「……嫌い」
人ごみが苦手で、ざわざわと耳を刺激する賑やかさも苦手だから。
梶原は、そう言う秋葉に口付けをする。
「あ、お祭りの味がする」
「………ん……?」
秋葉の顎に手をかけ、少し顔を上向かせながらもう一度長いキスを。
「…………甘い。綿菓子の味」
唇を離し、梶原は秋葉の瞳を覗き込んだ。
秋葉は軽く笑う。
「嘘ばっかり」
確かに沙希に綿菓子を口に入れられたが。
それはもう数時間前の事だ。
「今、歯も磨いたし」
秋葉は溜息をついて梶原の胸に額をつける。
「明日、お祭り一緒に行きましょうか……」
梶原は秋葉の濡れた髪を、丁寧にタオルで拭きながら言った。
「お前と?」
「そうですよ?水風船、買って下さいよ」
「………ガキ」
やがて穏やかな眠りに引き込まれそうになり。
そうしている間に、秋葉は煙草を吸いたいという欲求を少しずつ忘れていく。
梶原の腕の中は、秋葉にとって一番安らげる場所になりつつあった。

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