公安第一課(裏?)

□氷
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触れた唇は


いつも


氷のようだった



小さな足音と共に、がりっという音が聞こえた。
秋葉が氷を噛み砕く音だ。
「また…氷食べてるんですか?」
梶原は目を開けて、ベッドに戻ってきた秋葉に問う。
「………」
無言で頷きながら、秋葉は更に音を立てて奥歯で氷を噛み砕いていく。
「いつも思うんですけど。何でアイスは駄目なのに氷は噛めるんでしょうね?」
おかしな事に。
秋葉は、普通のアイスキャンディには絶対に歯を立てない。
理由は聞いていないので分からないが、どうしても立てられないらしい。
秋葉が自分からそういう物を食べたがる事はまずなかったが、一度梶原が食べかけていたアイスキャンディを秋葉に食べさせてみた事がある。
『お前、よくそんなのかじれるね。俺、絶対無理。噛み付けない』
という秋葉に。
『え?じゃあ、どうやって食べるんですか?』
口元に差し出したそれを、秋葉は少しだけ舐めた後、唇だけを使って一口だけ食べた。
それはそれで、見つめているとひどく淫猥な姿にも見えてしまったのだが。



それなのに。
秋葉は氷だけは何のためらいもなく噛み砕いていく。
「氷、好き?」
「別に…好きじゃない」
何の味もない、氷点下で固形になった、ただの水の塊。
「でも…」
秋葉は言い掛けて、横たわったままの梶原に覆いかぶさるようにその身体に上体を重ねた。
冷たい吐息が近づく。
「ん……」
触れた秋葉の唇が冷たいのはいつものこと。
ただ、口の中に侵入してきた秋葉の舌までもが、今日は氷に熱を奪われたせいで冷たい。
まるで死神とキスをした気分になる。
「つめた……っ」
秋葉の舌は唇を離れ、梶原の首筋を、つ、と舐める。
梶原の両腕に一瞬で鳥肌が立った。
秋葉はその腕を、やはり冷たい両手の指先で撫でながら起き上がり、やがて閉じていた目を開けて妖艶な笑みを見せる。
「もう一個……氷食べてきてもいい?」
密やかに呟いた頃には、既にその顔はいつものように表情を失っていた。
「秋葉さん、氷じゃ栄養取れないですよ」
秋葉は最近、頻繁に氷を食べる。
水道水を凍らせてもカルキの味がきつい氷しかできないので、ミネラルウォーターを製氷皿に注いで凍らせるか、コンビニで袋入りの氷を買ってくるようにはしているが。
どうせ食べるのであれば、もう少し身体を養うものを口にして欲しいと梶原は思う。
「肩の傷に悪いから、身体冷やしちゃ駄目だって言ってたでしょ?」
ずっとそう言っていたはずなのに。
「どうしたの?何か……」
ふと煩わしげに秋葉が目を細める。
不機嫌な猫が見せる仕草。
「じゃあ、お前が鎮めてくれる……?」
じわじわと。
狂いそうな程ゆっくりと心を侵す、この熱を。
「余計な事……何も考えなくていいくらい……滅茶苦茶に、してくれる?」
「……嫌」
梶原は秋葉の身体を引き寄せた。自分の身体の上に倒れこんでくる秋葉を腕の中に抱きこむ。
「……何で」
「あのね、秋葉さん。聞きかじりだから本当かどうかわかんないけど、氷を食べたがるのって身体の不調からくる症状なんだって」
「それ絶対嘘。暑いんだから仕方ないだろ……」
ふてくされたように呟く秋葉の身体は。
「秋葉さん……あなたの身体、冷たいんです。いつも」
こうして抱き締めていても、梶原の体温は秋葉には移って行かない。
その冷たさは心地良さを通り越して、不安を呼び起こす。
「煙草の吸いすぎで血のめぐりが悪くなっちゃってるか、氷の食べすぎです」
梶原の言葉に、秋葉は軽く笑った。
「お前といると、自由じゃないな」
こうして愛情に縛られ、ひたむきに想う心に縛られる。
秋葉はそれを時折持て余してしまうのだ。
「秋葉さんを自由にしたら、絶対ろくな事しないから。これでちょうどいいでしょ」
「鬱陶しい……」
それでも梶原の腕からは逃れようとせずに、秋葉は呟く。
「上等です」
その黒い髪を撫でながら、梶原は笑った。

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