捜査本部(中編小説)

□絶えない闇
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司法解剖の結果、傷口は後ろから鋭利な刃物で切られたものと判断され、その時点で他殺による死亡、となった。こうなると、警視庁から捜査員が派遣され、大塚署に捜査本部が設けられる。第一回の会議が行われたのは、午後6時だった。この事件に割かれる捜査員の数はまだ少ないようだった。大塚署捜査一課と警視庁捜査一課第5班の組み合わせだ。
「ダルいわ。また笹井管理官や」
 重宮が会議室の一番後ろに座る秋葉にそう言いながら自席につく。秋葉は苦笑いをしてその背中を見送る。そのついでに、一番前にこちらを向いて座っている捜査本部長、笹井の顔を眺めた。確か年齢は重宮と同じくらいではなかっただろうか。上質のスーツに身を包み、現場をほとんど知らずに頂点に立つ人間。いわゆるキャリアだ。神経質そうな顔つきが気にくわないといえば気にくわない。
「定刻。捜査会議を始める」
 前方のスクリーンに大きく被害者の写真が映し出される。
「死亡推定時刻は………」 
 どうでもいい、犯人を引きずり出せさえすれば。秋葉はスクリーンを見つめて、自分にとって必要な情報だけを耳に入れていく。まずは被害者の交友関係を中心に、複雑に絡んだ糸を手繰る。最後に彼女を殺した容疑者にたどり着ければそれでいい。明日からの聞き込みの割り当てを聞きながら、気怠げに秋葉はブラインドの向こうを見た。車のクラクションの音が聞こえた。自分達の切迫さとは関係のない町の喧噪。明日自分の身に何が起こってもおかしくはないのに。自分も以前はそうだった。内心で秋葉は自嘲気味に笑う。
「以上だ」
 笹井の声を合図に、捜査員がそれぞれの仕事を果たしに会議室から出て行く。秋葉も同じく緩慢な動作で立ち上がる。
「やめなさいよ、あんたを見てるとこっちまで気が抜けるわ」 
 秋葉の背中にそんな言葉を投げつけた人物がいた。見るまでもなく、相手が誰であるかは分かっていたが、秋葉は一応振り向いた。
「背中が年寄りくさいわ」
 そこにいたのは立花優という刑事だ。秋葉とは同期だった。しかし配属されてすぐに警視庁に3年間の出向になり、先日戻って来たばかりだ。何事にも白黒をはっきりつけたがるタイプだと秋葉は思う。女にしては長身の部類に入るだろう。黙ってさえいれば、きりっとした表情はそれなりに美人だと思う。邪魔にならない程度に肩の近くまでのばされたストレートの髪。3年前と変わらないままだ。 
「うるさいな」
 別にどこでどう評されようと構わないとは思う。梶原に対する感覚と同じで、彼女の事が嫌いではないが関わりたくない。では一体誰となら関われるのか、と聞かれれば、それはそれで返答に詰まる事には間違いないのだが。
「こらお前達。もっと友好的に会話しろ」
 さほど険悪な状況でもなかったが、中年の男性が秋葉と優に割って入る。彼の名を陣野俊之という。44歳の警部補だ。梶原が大塚署に来るまで、秋葉のパートナーだった人物でもあった。大塚署で秋葉と普通に会話をしようとする意志を持つ人間は、陣野、重宮、梶原、優の4人と、後は課長の三島ぐらいのものだ。
「じゃあ俺、先に行きます」 
 秋葉は逃げる様にその場を後にする。
「逃げるんじゃないわよ」 
 優が口を尖らせた。
「放っておいてやれ」
 陣野は苦笑を納めて言った。
「多分あれは、お前の知ってる秋葉じゃない」
 意味ありげな言葉を残して、陣野も会議室を出る。それを見送って、優は少し首を傾げた。
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