捜査本部(中編小説)

□絶えない闇
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人間の身体の中に流れる血の色は、一体どんな色なんだろう。
いろいろ試してみたのに、まだわからない。
「赤い色」
赤い色ってどんな色?


「………ほらな。言うた通りやろ。こいつの自己主張が始まったで。部屋中、赤、赤、赤や。気分悪いわ」
 重宮が部屋の中の惨状を見渡して溜め息をついた。あの事件からまだ5日しかたっていない。こちらが手がかりを掴む前に第二の犯行が起きた。4月15日の午前10時。
「やはり頸動脈を切られてますね」
「被害者は大原美雪。20歳……。訪ねてきた大学の友人が第一発見者」
「ちょっとしたショック状態なんで、立花さんに付き添われて病院へ行きました」
(……ここももう借り手がないだろうなあ……)
 秋葉は血のにおいが蔓延する部屋の中を、もう一度確かめるように見つめる。床や壁、天井に飛び散った血液。先日の犯行とよく似ている。    
「大概の連続殺人なら、犯行と犯行の間をもう少し開けるがな。しかし模倣するにもまだ世間に出している情報は少ない。これは同一犯による犯行と断定してもいい」
 陣野は顔をしかめて秋葉の視線を追った。
「急いでいる……のかな。この犯人は」
 秋葉は背後の陣野にそう呟いた。
「味を占めたかな」
「味を占めるというか……楽しんでいるというより……余裕が無いというか……」
 通り魔的犯行なのだろうが、性急すぎる。警察の動きを警戒している風でもない。
「まるで……何かを確かめている様な……」 
「おおい、下にも野次馬とカメラが来てる。遺体を外に出すから担架の周りをシートで隠してくれ!!」
 誰かが大声でそう怒鳴った。
「連続猟奇殺人事件、か。明日のワイドショーは賑やかになるな」
 陣野が疲れた様子で言う。どこかの大学の偉い犯罪心理学者等が各局引っ張りだこになるのだろう。そしていろいろな犯人像の説を提示してくださる。もちろん自分達がそれに踊らされる事はない。警察が行うプロファイリングもあまり信頼出来ない。秋葉は実際にこの手で犯人に手錠をかけるまで、犯人に対する目に見えない情報を手にする事を嫌う。ただ、自分の中にあるのは現実にこの場所で死んでいる被害者と、この部屋に残された犯罪の痕跡だけだ。   
「そうですね……」
 秋葉は笑う。部屋を一歩出ると、上空を飛行するヘリコプターの音が聞こえた。機体にはテレビ局の文字が書かれている。他人の不幸を平穏な場所から眺める人間がいる。痛ましい事件に眉をひそめても、それは自分が全く関係のない場所にいるからこそできることであり、自分の背後に迫っている危険には気付かないのだ。
(…………そんなもんだろうな)
 晴れ渡った空を眩しげに見上げ、秋葉はひとつ溜め息をついた。すぐ右手にある非常階段に目をやると、そこで座り込んでいる長身の影がある。
「おい」
「………ふぁい」
 いまいちはっきりとしない返事をして、顔を上げたのは梶原だった。
「ここで何してる」  
「いや……なんか気分悪くなっちゃって……すみません」
 若干涙目になっているのは気のせいではないだろう。
「腐乱でもバラバラでもないのにな。あんなに綺麗な仏さんは滅多にないと思うが」
 ひどく冷静に秋葉は言った。
「………すみません」
(綺麗な……)
 秋葉は自分の発した言葉に、微量の違和感を覚える。
「お前、ちょっとここにいろ」 
 そう言い置いて、秋葉は大原美雪の部屋へと引き返した。遺体を搬送する為にここにいた半分以上の人員が裂かれている。風通しのよい、開け放された扉から目に飛び込んでくる一面の赤。
(………絵、みたいだ)
 重宮が言う様に、これが犯人の自己主張なのだとしたら。飲み込まれる様な、赤。血の色。
(これに似たものを、どこかで見た……)
「どうした、秋葉」
 立ちつくす秋葉に陣野がそう声をかける。それで秋葉はようやく現実の世界へ引き戻された。
「いえ……何でも」
 そう言いながら、秋葉はもう一度、その赤を目に焼き付けた。
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