捜査共助課(短編小説)1〜30話

□柴犬と野良猫
2ページ/3ページ

本当に疲れて帰ると、自宅の鍵がどれなのか分からなくなるときがある。これは職場のロッカーの鍵。これは車のキー。笑えるのはたまに、車のキーレスボタンを自宅のドアに向かって一生懸命押したりしているとき。どんだけ疲れてるんだって。これはちょっと他人には見られたくない。
「うー、鍵……どこ?」
 がさがさとカバンの中を探る。夜勤明けは頭が働かない。
「あーあった」
 ようやく鍵を取り出して、俺はドアを開けた。寒い朝、もちろん誰もいない部屋。靴を脱いで廊下にどさっと荷物を置き、上着を脱ぐ。右手にある風呂場に入ってバスタブに湯を溜めながら、脱衣所にある洗濯機に今着ていたワイシャツと、2日分の洗濯物を放り込みスイッチを押す。
「さむっ」
 独り言が多くなるよね、独り暮らし。荷物を拾い上げて、重い足を引きずって6畳の部屋に入る。このままベッドに倒れこんでしまおうか。いや、あやうく風呂を忘れてしまうところだった。
「ああもう、疲れたよー」
 俺だって疲れる。いつもいつも、前向きな精神状態でいられるわけじゃない。仕事のパートナーを突然変えられた。あれから4ヶ月。たったそれだけで。新しいパートナーはあの人よりずいぶん年上で、階級も2つ上。本当なら俺だって最初はベテランと組むのが当たり前だと思っていたのに。おれは年もあまり変わらない、階級も一緒のあの人とこの2年やってきた。今、仕事がやりにくいわけじゃない。むしろ逆で。今更ながら、あの人と組んでいた日々が、自分にとって荷が重かった事に気づかされた。ずっと閉じたままだった、あの人。強いけど、脆い。自分自身を信じられない人。
「………」
 俺は眠ってしまわないように自分に言い聞かせながらベッドに仰向けに転がった。あの人と、自分に足りなくて、必要だったもの。それがなかなか分からない。
「難しいっすねぇ?」
 また独り呟く。どうせ、あの人は俺がこんな事を考えているなんて思いもしない。
「………」
 でもずっと、あの人の痛みを半分背負ってあげたかったから。わずかに心のどこかが痛い。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ