公安第一課(裏?)

□生まれた日のことを
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「8月3日ですよ。お互い学校休みですね?」
「……ああ、そうだな」
今気付いたというように、秋葉が言う。
「あつーい日だったんですよ、俺が生まれた日。じゃわじゃわアブラゼミが鳴いてました」
「………」
「親父は仕事休んで出産に立ち会ってて。姉ちゃんはばあちゃんとお留守番でした」
「お前、何で……」
梶原は、覚えているはずのない自分が生まれた日のことを、まるで見ていたかのようにすらすらと語る。
秋葉はそれを不思議そうに聞いていた。
「皆が俺に話して聞かせてくれました。小学生の時です。俺、ちょっといじめられてた時期があって。でも母親には言えなくて…ばあちゃんに死にたいって一回だけ…言ったことがあるんですよね」
梶原の口から語られる、秋葉の知らない彼の過去。
秋葉は黙って話の続きを促した。
「そしたら、ばあちゃんがぼろぼろ泣いちゃって。俺を抱き締めて、生まれた日のことを話してくれました。俺が死んだら、少なくともここに、こんなに悲しむ人がいるんだなって思って。その後、皆に聞いたんです。俺の生まれた日のこと覚えてる?って」
父は父の目線で。母は母の目線で。姉もまた、幼かったあの日の記憶を。
「皆が覚えててくれて……俺は初めて自分の命に確信が持てました。そしたら、怖いものが無くなったんですよね……」
「お前は……愛されて育った子供なんだな」
そして、傷ついた経験を持つ故に優しい。
「秋葉さんもそうなんですよ?」
秋葉の呟きに、当然といわんばかりに梶原は言った。
「お母さん、ずっと秋葉さんに話して聞かせてくれてたじゃないですか。入院してたとき」
秋葉の母親は、記憶を失くした息子に。
ずっと自分の記憶を話して聞かせていた。
生まれた日のこと。初めて言葉を話した日のこと。
初めて、自分の足で歩いた日のこと。
「………陣痛が始まった時…」
秋葉の手が、自分の身体に回された梶原の腕を握った。
「雪が降り始めていて……」
「うん」
自分の中に残された記憶をたどるように呟く秋葉を、梶原は更に強く抱き締める。
「俺が生まれた時には、真っ白に積もってた……」
自分の産声が聞こえた気がして、秋葉はしばらく沈黙する。
「親父は……予定日がクリスマス頃だって分かった時には、俺の名前を決めていて……」
そして、秋葉が生まれた翌日、庭に柊の木を植えた。
「……適当な名前、付けたよな…」
父親は何故か柊が好きで、生まれて来たのが次男だから。
自分は『柊二』という名前なのだろう。
「お兄さんの名前の由来は何ですかね。比呂さんでしたっけ」
「…さあ…由来は知らない…でも…貴美は……」
妹だけ、父親の名前を一文字つけられている。
初めての女の子供だということもあり、父親としては何か特別な思いがあったのかもしれない。
「秋葉さん」
梶原の静止に、秋葉は少し哀しげに笑って。
「そうか…俺も愛されてたんだ……」
「愛されてたんじゃなくて。過去形じゃなくて、愛されてるんです……今も」
ふと秋葉の身体から力が抜けて、梶原に重みがかかる。
「……そう、か」
梶原は、今、秋葉がどんな目をしているのかを見たいと思った。
それはできなかったけれど。
あの、何も映さない哀しい目が。少しでも和らいでいればいい。
そう願った。
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