第壱部

□プロローグ…次の世界…
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開いている窓から月明かりが差し込んでいる。
そのせいで、もう深夜だと言うのに部屋の中が、夜とは思えない程明るい。

その月明かりで照らされて、白い肌が剥き出しになっている私の手には、少し小振りだが、紅い液体が注がれているワイングラスを持っている。
わたしは、その血のように紅い液体を、躊躇いもなく喉に通す。

もし、この光景を誰かに見られたら、確実に不自然なのだろう。

何故なら、その液体からは微かにアルコール特有の鼻に付く匂いが香っている…すなわちワインなのだから。

わたしが大人だったのなら良いのだが、なにぶん体は幼稚だ。だからわざわざ夜になならないと飲めない…と言う訳。




「あぅあぅ、梨花、飲酒はダメなのです。」




ワインを口に含み、グラスを遠ざける。その途中に聞こえた幼い声。それは確かにこの部屋から聞こえる物だが、此処の部屋には、わたしともう一人しかいない。

そのもう一人は、今となっては、わたしの目の前にある襖の奥で寝ている。その証拠に、先程から寝息が聞こえ、さらには寝言まで呟いていた。

だったら、その声は誰なのか。と聞かれたら、わたしにしか聞こえない声、と答えるしか無い。
この説明では、わたしが障害者のようにも思えなくは無いが、真実なのだからしょうがないだろう。




「羽入…いいのよ、こんな時にしか飲めないし……もうすぐ''この世界''も終わるしね。」




それは、端から見ると、やはり不審だと思う。その行為は何も無い空間に喋り掛けているようにしか見えないのだから。

だがそんなことは気にせず、わたしにだけ見える存在。『羽入』、とわたしが呼んだ人物に、皮肉を込めた言葉を投げ掛ける。

その言葉は、前半は意識を持ってはっきりと伝えたが、後半は無意識に自分の口から紡がれた言葉だった。

それは余りにも情けなく、小さく、少しの風が吹く音でさえ掻き消されそうな、本当に小さな声。それは、わたしが諦めているから無意識に出たのだろう……




「あぅあぅあぅ、''次の世界''では、きっと大丈夫なのです、だから元気を出すのです。」




あぁ、アンタはそればっかり。わたしが何年失敗しても、そう言って励ましたわね。

だけどその言葉、一度だって当たったことが無いのよ……?…だけどね、もう一度、もう一度だけ頑張ってみることにするわ…

その次とか安易な考えの無い、本当の最後。

それが駄目なら素直に諦めることにする…わたしでは無理なのだ…と…




「ねぇ、羽入?…この後…よろしくね。」




''この世界''は駄目だった…

''次の世界''はどうかしら?




プロローグ…次の世界…







 

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