「日誌撰集」

□生きることの意味第T集
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 (2)家族を悲しませる?

 自殺をした場合,家族や友達などを悲しませるので,自殺はよくないという考え方もよく目にします。
 家族や友達も,多くの人にとっては,大切な人間関係でしょう。
 けれども,家族や友達の考え方や感情が私たちの意思決定に影響を与える決定的な要素とまでは言えないことも明らかです。
 児童虐待や近親相姦的なわいせつ行為が家族によってなされる事件もあることを考えると,家族の感情等を重要視するという発想を徹底するわけにはいきません。
 また,家族への過度の依存も社会問題の要因の1つになる例も少なくありません。
 子供が親に対する依存心からいわゆる引きこもりになってしまったり,逆に,親が子供に対する依存から脱却できず,進学等について過度の要求をしてしまうことが事件の要因になってしまったりすることも少なくありません。
 そうなると,現代社会では,というか,大凡あらゆる時代なのでしょうけれども,適切な家族との距離の取り方が重要です。
 ある問題に対する答は,他の問題を引き起こしたり,他の問題の解答へ影響を及ぼしたりします。 
 問題解決の解答は同心円を描くのであり,関連する問題への解決策も出さなくては不十分です。
 
 また,そもそも,そのような家族や友達がいない人はどうするのでしょうか。
 家族や友達を悲しませるから自殺は良くない,生きるべきだという主張は,家族や友達のいない人には,死への動機付けを与えます。
 社会問題の要因の1つは,家族や友達等人間関係が希薄でありながら,同時に,濃厚な人間関係の持つ価値,特に,異性の友人を保有しているか否かということが過度に高い価値を置かれ,このような濃厚な人間関係のない人に過度の劣等感を生み出してしまっていることです。
 このような人間関係に対する飢餓感というものは,人間関係を求めながら,その求める人間関係が相互的なものではないことに特徴があります。
すなわち,自分の都合やわがままを最優先してくれる友達が欲しい,同時に,ほかの人にその友達が接近していくことは許せないという強固な利己心に由来する場合もある少なくないように思われもするのです。
 
 蛇足になりますが,人間以外の他の生物でも,親子関係が濃厚である訳でもありません。
特に,淡水魚を飼っている人ならば良く目にするかとは思いますが,稚魚と一緒の水槽に入れておくと,稚魚を食べてしまうことがあります。

 極端は極端な例なのですが,人生では,家族や友人がどう言おうが,自分はこう行くという場面が少なからずある訳なのですから,家族や友人が悲しむからというような理由は,まったくの感情論や,結論が出た後での説得材料にとりあえず持ち出すという意味では理解ができるのですけれども,本質的な理由とはならないように思います。
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