「日誌撰集」

□法曹関係小論集
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1632万円



日本弁護士連合会発行の弁護士白書2006年版に記述された弁護士の平均年収。



東京弁護士会の会誌である「LIBRA」の2008年12月号の特集に「弁護士報酬を考える」というものがあるのですが,弁護士の先生方の経済感覚が垣間見えることなど興味深く読みました。

たとえば,「弁護士報酬について本音で語る」という記事には,次のような弁護士の発言が載せられています。


1 多くの事務所で採用されている30分,5250円(税込み)とされる法律相談料について

自分で本を買って勉強したとしても,30分5250円では済みませんからね。純粋な時間給としてみても,安いと思います。(16頁)

20分で3000円〜5000円もする占い師の鑑定料と比べたら,安いと思います。(16頁)

2 家事事件の報酬について

家事事件の報酬も異常に低いと思います。

などの発言に司会者が「離婚事件の着手金や報酬金がそれぞれ30万円というのは,幼い子どもを抱えて離婚しようとする主婦の妻の立場からすると,むしろ,高すぎるという声が聞かれますが,どうでしょうか?」と水を向けられたのに対し

エンゲージリングや結納に,100万円もかけたりしていることを考えれば,離婚のための弁護士報酬が,それくらいだとしても高いと思いません。(18頁)

離婚事件を依頼に来られる方は,まさにこの結婚という重大な選択を,そうだと知りつつ,自らの意思で行ったわけです。ですから,その自らの重大な結婚という選択に誤りがあった場合に,それを正すために,言い換えれば,その後の人生を再び変えるために,弁護士に依頼する離婚事件の報酬がそれなりの額になるのは仕方のないことだと思います。(18頁)

3 その他一般
 
 100円ショップも繁盛しているようですから一概に言えませんが,昨今の物価,たとえば,サラリーマンが接待にバーに行ったときに使う費用――座って3000円・2時間で1万円とか,若い女性が身につけている10万円や20万円はザラというバッグや装身具の値段,新幹線や飛行貴代,旅館の宿泊費,一粒300円のチョコレート等,それらの店にそれなりの行列ができていることを思えば,日本の弁護士報酬が高いとは思えません。(19頁)

 仮に,弁護士が平均して1600万円程度の所得を得ているとしても,これだけの所得は恵まれすぎているから,弁護士報酬を安くしろというのはどうかと思います。同じ法曹界に入った検察官や裁判官はもちろん,医者や会社役員,一流企業のサラリーマン等になった高校や大学時代の同級生と比べても,弁護士の報酬だけが突出して多いとは思えないのです。(20頁〜21頁)


以上のような発言からすると,弁護士の先生方の「市民感覚」には疑問を持ってきます。

弁護士の仕事自体が富裕層を顧客とするものであること
高学歴であることから周囲の人間も比較的高額な給与を得ているため,それが平均的なものであると思いこんでいること

などが原因でしょう。

更に興味をもったのが,以上の座談会が匿名で行われたこと。
弁護士会からなされる発表や意見を見ると,繰り返し「依頼者との信頼関係が重大である」旨の記述が出てきます。
そのことからすると,報酬額について,なぜ,その金額であるのかを充分に説明する必要があるのが当然でしょう。
それなれば,その理由を匿名で述べるということはどのような見識なのでしょうか。
結局,顧客が聞けば,その心情を害する「本音」であるから,本名で語ることはできないということに帰着するのでしょう。
けれども,そのことは,本当のことを顧客に誤魔化して語ることで,信頼を得ようとする一種詐欺的なやり方をしていることを示すものではないでしょうか。

因みに,この特集には,藤森研朝日新聞編集委員も,「弁護士報酬への一考察」という一文を寄せているのですが

客観的な所得水準の手がかりとして,厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を見てみよう。平成19年6月調査の職種別給与等の表が,ネットに公開されている。
 「弁護士」の欄を見ると,昨年6月の平均給与は53万9500円,前年1年間の「年間賞与その他特別給与額」は204万3500円だ。6月給与を12倍し,「年間賞よその他……」とを機械的に足して年間所得とすれば,計851万7500円となる。(14頁)

と述べた上で,続けて

「そんなに低いの」と驚かれるかも知れない。この調査は10人規模以上の事業所が対象だ。弁護士といっても企業に雇われている人や,10人以上の法律事務所の勤務弁護士らだけが対象になっているのだろう。(15頁)

年収850万円が「そんなに低い」という経済感覚は異常というほかない。
同じ朝日新聞社系列の週刊誌『AERA2008年11月24日』18頁によると

年収800万円以上の男性は15パーセント

とのことであり,850万円の年収を得ている人は,国民全体からみれば,明らかに富裕層でしょう。

この論者は,更に

弁護士の中には市民感覚を超えた一部富裕層がいる。

というのだが,年収850万円を低い年収であると評価する感覚はどこから出るのでしょうか。
たとえば,『プレジデント2008.11.17』によると,上場企業の社員の平均年収の上位3社は,いずれもテレビですし,当の朝日新聞社の社員の平均年収は

1328万円

であり,危機にあると言われる毎日新聞(河内孝『新聞社 破綻したビジネスモデル』42頁)ですら

861万円

なのですから,感覚がずれるのも当然と言えば当然ですか。
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