Dear…U
□I Never Forget You
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「あ。そうだ紫苑、今日まだ時間ある?」
「ああ。どうした?」
「おじいさんの店に付き合ってほしいんだ。刀のお礼も言いたいし」
すぐに頷いてくれるだろうと思われた紫苑は、沙羅の予想に反して難しい顔をした。
「都合悪い?」
「いや、付き合うのは構わないが……」
いつになく歯切れが悪い紫苑。
だがその後の台詞は続かず、結局明確な理由を語ることなく二人は刀鍛冶の店の前まで辿り着いた。
「俺はここで待ってる」
店先に着くなり、紫苑はそう告げて店の外壁に背を凭れる。
「え?どうして?」
「今のところ必要な物もないしな。行っても意味がない」
だからといってわざわざ店の前で待たなくても、と沙羅が頭に疑問符を浮かべていると「いいから行ってこい」と急き立てられた。
何かあの老人と顔を合わせにくい事情でもあるのだろうか。
不可解な紫苑の言動の理由を、沙羅は刀鍛冶本人の口から知らされることとなった。
「はっはっは!あいつめ、何を照れとるんだか」
「え?照れ……?」
事情を聞くなり豪快に笑い飛ばした刀鍛冶は、悪戯っぽい笑みを浮かべて沙羅の顔を覗き込んだ。
「おまえさんたち、恋仲になったんじゃろう?」
「えぇっ!何でそんな――!」
「わかるさ。おまえさんのその刀」
「あ……」
刀鍛冶が指差したのは、先日紫苑から贈られたばかりの真新しい刀。
精巧な造りのその刀は他でもないこの老人が打ち上げたものだ。
「前回おまえさんたちが帰ったすぐ後じゃ。
紫苑の奴、一人で息を切らして戻ってきたかと思えば『急いで刀を打ってくれ』などと言いおってな」
前回、というと二人が想いを通わせる前になる。
紫苑が鍛冶屋に忘れ物をしたと言って待たされたあの日だ。
「おまえさんも知っておるだろうが、通常刀をこの状態から打ち始めたら完成までに一月はかかる。
それをあやつ、一週間で仕上げろなどと注文をつけてきおった」
店の傍らに置いてあった鋼の塊を手に取りながら語る刀鍛冶を見て、沙羅の中で全ての疑問が繋がった。
何気なく誕生日を告げたあのとき、紫苑はもう想いを伝える覚悟を固めてくれていたのだろう。
「そうだったんですか……」
「ああ。まあ、十中八九おまえさんに贈るものだろうと思って握りを細めに打ったんだが、正解だったようじゃな」
「はい。すごく持ちやすくて驚きました。
刀身も軽くて、振っても全然疲れないし――
こんな立派な刀を打って下さってありがとうございます」
「何の。礼を言うのはわしのほうじゃよ。久々にいい仕事ができた」
満足げに頷いた刀鍛冶はすぐにニヤリと含みのある笑みを浮かべる。
「それにあやつからはたっぷり報酬をふんだくってやったしのぅ」
「……え!?
あ、あの……この刀っておいくらぐらい……?」
「それはわしの口からは言えんな。ほれ、男の面子というもんがあるじゃろう?
……まあ粗末な家一軒くらいなら簡単に建てられるとでも言っておこうかのぅ」
「………………」
みるみる青褪めた沙羅を面白がるように見遣っていた刀鍛冶は、その後「一つ良いことを教えてやろう」と前置いて、沙羅に紫苑の念込めのいきさつを話して聞かせた。
『斬る刀ではなく、護る刀であるように』
紫苑の願いと、そこに籠められた並々ならぬ想いを。
「よほどおまえさんのことが大切なんじゃろうな」
「……きっとその意に沿えるような刀にしてみせます」
「ああ。紫苑も喜ぶじゃろう」
嬉しそうに顔を綻ばせる刀鍛冶に、沙羅は強い決意を滲ませて頷いた。
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