Dear…U
□Tomorrow was too Far
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それはとても不思議な感覚だった。
沙羅の知らない、知るはずもない記憶。
けれど沙羅ははっきりしない意識の中でもなんとなく理解していた。
目の前に鮮明に映し出されるこの映像が、百年前に確かに存在した一場面なのだということを。
+ + +
「――なんじゃ、じゃあ結局誕生日にはこの刀しか贈っとらんのか?」
刀身を砥石で削っていた手を休めて、刀鍛冶は普段は愛想良く細めている目を大袈裟に見開いた。
そのすぐ隣の作業台に腰かけていた紫苑は、組んだ足の上に片腕で頬杖をついてむっとした表情を浮かべる。
防衛軍の勤務が非番の今日、紫苑は先日沙羅に贈ったばかりの刀を持って刀鍛冶の店を訪れていた。
一週間で一級品の刀を仕上げろという紫苑の無理な要求を、その紫苑の予想を上回る出来栄えで見事に果たした刀鍛冶だったが、彼は「仕上げ砥ぎ」と呼ばれる刀の研磨の最終工程に十分な時間をかけられなかったと言って沙羅に一日だけ刀を預けてほしいと願い出ていた。
刀鍛冶の仕事に対する誇りと熱意が伝わるその申し出を、沙羅が当然断るはずもなく。
しばらく日勤が続く沙羅に代わって、非番の紫苑が刀を持ってきたというわけだ。
「……仕方ないだろう。
それ以外にあいつに合うようなものが思い浮かばなかったんだ」
「紫苑、相手は女性じゃぞ?
指輪のひとつでも贈れば大層喜んだろうに」
「馬鹿言え、指輪なんてつけていたら刀を握る感覚が狂う。
そんなものを沙羅に贈れるか」
至極真剣な顔つきで言い返した紫苑に、刀鍛冶は心底呆れた様子でやれやれと吐息を漏らす。
「おまえさんは本当に女心をわかってないのう。指輪に限らずともいくらでもあるじゃろうが。
装飾品を贈られて悪い気のする女性なぞおらんぞ?」
「…………」
刀鍛冶の言葉に、紫苑は頬杖をついたまま黙り込む。
初めて想いを告げたあの夜、誕生日プレゼントとしてこの刀を渡すと沙羅は心から喜んでくれた。
何度も柄を握り締め、刀身の刃滑りを指先で確かめては嬉しそうに顔を輝かせる沙羅を見て、やはりこの選択は間違っていなかったと思っていたのだが。
やはり、そういうものなのだろうか。
沙羅とて一人の剣士である前に一人の女性。それは十分にわかっている。
ならばやはり、身を飾る宝石のひとつでも贈った方が彼女は喜んだのだろうか。
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