Dear…U

□Open the Gate
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月のない夜だった。

闇色の天からは一筋の光が射し込むこともなく、沙羅は灯篭の僅かな明かりを頼りに自室の机に向かい筆を走らせていた。


自室――と言ってもここに住まうようになったのはほんの数ヶ月前のこと。

副官室と称されるその部屋は十三番隊の副隊長の為にあつらえられたもので、ここ何十年かはずっと主不在のまま空き部屋となっていた。


そんな由緒ある部屋を与えられ最初こそ戸惑った沙羅だったが、すぐにその困惑は消えた。


『海燕先輩!いつまで寝てるんですか!』

『うー……あと五分……』

『そんな時間ありません!今日は8時から席官会議だって隊長が言ってたじゃないですか』


大好きな人が永きに亘り過ごしていた部屋。

ここにいればいつでも海燕の存在を感じられるような気がしたから。

けれどその思い出の場所にも今、自分は別れを告げようとしている。


「……よし、と」


すっきりとした文字でしたためた手紙を、沙羅は何度か読み返し最後に署名を書き加えてから筆を置いた。

丁寧に三つ折りにして用意していた封筒に入れる。

十三番隊隊長、浮竹十四郎宛のその封筒の表には沙羅の字で「辞表」と記してあった。


これを目にしたとき、浮竹は一体どんな顔をするだろうか。

何を思い描いても胸は軋みを上げるばかりで。


しばし心を落ち着かせるように瞼を伏せてから、沙羅はゆっくりと立ち上がる。

死覇装の帯を結び直して、傍らに立てかけていた斬魄刀の鞘を腰紐に固く括りつけた。


『それも置いていくのですか?』


そう言って夢幻桜花が示したのは辞表の隣に置かれた金色の腕章。

その表面には待雪草の紋様が刻まれ、薄暗い部屋の中にあっても尚まばゆい輝きを放っていた。

この世に二つとない十三番隊の副隊長の証。


「……うん。だってもう私は副隊長じゃなくなるんだし。
このまま持ち逃げしたら泥棒になっちゃう」


冗談っぽく笑ってみせたものの、その笑顔には寂しさが残った。


沙羅はこの副官証に誓ったはずだ。

この輝きを纏うに恥じぬ死神になると。

それを譲れぬ目的あってのこととはいえ、ここへ置き去ろうとしている。

そこにどれだけの葛藤があったのかは計り知れない。


そんな夢幻桜花の視線に気づいているのか、沙羅はじっと副官証を見つめてその表面を指先で撫でた。


「これはここに置いていくけど……この花は私の中にもちゃんと咲いているから」


夢幻桜花に、自分に、言い聞かせるように呟く。


そう、それは凍てつく冬を耐え忍ぶ花。

降り止まぬ雪の中、それでもいつか春が訪れると信じて待ち続ける希望の花。


(隊長、みんな……ごめんなさい)


謝罪の言葉は並べ始めたら後を絶たない。


だけど私は


それでも私は



「この花の意味を護る為に、行きます」





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