-蜜-

□その眼は何を欲す
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 読書という共通の趣味を介すことでふたりの距離はますます縮まっていった。
 あげはが絶賛の感想を述べればカカシはまたそれに似た書籍をずらりと見繕ってくれる。元より食事の準備と掃除以外にやることもなく暇を持て余していたこともあり、あげはの生活はすっかり読書漬けになっていった。

「いつまで寝てんの、もうすぐ昼だよ」
「ん……おはようございます……」
「うわ、ひどい(くま)。まーた朝方まで読んでたんでしょ」
「面白くてつい。ごめんなさい、すぐに食事の準備しますね……ふぁ」
「もうできてるよ。着替えたらおりておいで」

 夜通し読みふけったがために朝に起きられず、朝食の準備を終えた彼に起こされるという一幕も見られるほど。

「あれ? カカシさん、スープの味つけ変えました?」
「あんたの作り方を真似てみた。鶏がらで出汁(だし)をとってみたんだけど」
「うん! コクがあって美味しいです!」

 気兼ねなく言葉を交わす姿が日常的に見られるようになり、ふたりで囲む食卓には和やかな空気が流れていた。
 その日々の合間にも定期的に吸血の時間はあり、近づいた距離とは裏腹にいつまで経っても慣れない様子のあげはを面白がってカカシはわざと甘い言葉を投げかけたりもして。一思いに飲み尽くせばいいのに、理性と快楽の狭間で打ち震えるあげはの反応を愉しむようにゆっくりと芳醇な血を味わう。

「カカシ……さんっ! ……も……」
「ん? もっと?」
「ちがっ……もう、やめ……」
「どうしよっかなぁ」

 焦点の定まらない瞳で懇願するも、カカシはより一層息を深くして首筋に舌を這わせる。
 それでも彼が加減しているのか体が順応してきたのか、あげはが吸血で意識を失うことはなくなった。それはそれで吸血が終わる間際まで羞恥と闘う羽目になるのだが。

「あー……美味かった。あんたの血、甘すぎてクセになる」
「カカシさん甘いものは好きじゃないって言ってたじゃないですか……」
「それは人間の食い物の話でしょ。あんたの血は別。ごちそーさま」

 吸血の最後に唇に落とされる口づけは、まるで最愛の恋人に愛を囁くよう。
 彼が私を丁重に扱うのは、私が彼の生命を繋ぐ食糧だから。そう理解していても、どこかに別の答えを見いだそうとしている自分がいる。
 彼が優しく頬をなでるたび、慈しむようなその眼差しに包まれるたび、思いあがってしまいそうになる。

 カカシさん、あなたが欲しているのは私の血ですか?
 それとも――

 胸の奥底に生じた期待を振りはらうように首を振った。
 これ以上流されてはいけない。私には私の確固とした意志がある。それを彼に伝えなければ。
 いつまでもあなたの望むままではいられない。あなたに与えられた役割をただ黙って享受するだけの私ではいられない。
 そう、今日こそ彼にはっきりと突きつけるのだ。
 
 もう限界です、と。

 いまだ甘い痺れの残る首筋を押さえあげはは静かに決意を固めるのだった。






≫4. 甘やかな巣に囚われて


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