-蜜-
□欲望と願望
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「どうして飲まないんですか? 私の血が美味しくないからですか?」
「……いや、なんでそうなるの」
彼女の血がまずいだなんて、そんなことは断じてない。あのまますべて飲み干したいとすら思ってしまうのに。
「なら私のためですか」
毅然とした面持ちのあげはと束の間見つめ合って、根負けしたカカシははーっと盛大に息をついた。無造作に髪をかきむしって低い声を押しだす。
「あんたのため、って言うのは恩着せがましいけど。……無理はさせたくない」
「無理なんてしてません。今だってほら、こんなにぴんぴんしてますよ」
「本当なら痛みとして知覚すべきものを、催淫作用でむりやり快楽に変えてるだけだ。自覚がないだけで体には相応の負荷がかかってる」
真新しい吸血痕から目を逸らすようにカカシは目線を落とした。やはり彼は意図的に吸血量を抑えていたのだ。
「大丈夫です。最初の頃よりずっと慣れてきたし、ちゃんと栄養だって摂ってますから」
「そうは言っても怖いんだよ」
「なにがですか?」
「毒きのこひとつ食べただけで死ぬかもしれないような脆い体なのに、そこから血を吸い取って、そのうちあんたが死んだらどうしようって」
顔を背けたカカシの表情はあげはからは窺えない。けれど今、不安げに瞼を伏せているであろうことは想像がついた。
「必要な量の血をもらうだけで命まで奪うようなことはしないって、前にカカシさんが言ってたんじゃないですか」
「……わからない。今までひとりの女から吸い続けたことなんてなかったから。一回なら平気でも、それが五十回、百回と積み重なったときに平気な保障なんてどこにもない」
いつになく弱々しく言葉を紡ぐカカシにあげはは目を瞬いた。普段は憎たらしいくらい余裕に満ちあふれた彼が、まさかこんな苦悩を巡らせていようとは思いもしなかった。
「俺のせいであんたが死んだらって考えたら、怖くてまともに吸えなくなった。……吸血鬼として終わってるな」
自嘲するカカシに胸が痛んで、広い背中に寄りそうようにして額を寄せる。
「……私そんなに脆くないですよ。血を吸われたくらいで死んだりしません」
背中からそっと腕を回した。自分よりずっと大柄な体躯なのに、まるで臆病な幼子のように思えて。
「お願いだから我慢しないでください。私よりカカシさんのほうがずっと苦しそう」
「……なんで俺のためにそこまでするの」
回した手に彼の骨ばった手が重なった。いつも以上に冷たいその体温が哀しくて胸が圧しつぶされそうになる。
「同じです、私も」
カカシの正面に回りこんでまっすぐに向き合い、もう一度自分から手を重ねた。
「あなたに生きてほしいから」
あなたの優しさに触れるたび、私はどうしようもなく泣きたくなる。
あなたが必要とするのなら私はいくらでもこの血を捧げるのに。
私を案じるあなたは自らの渇きをひた隠しにして微笑むから。
あなたが私を守ってくれるように、私もあなたの力になりたい。
あなたを満たしたい。
だからお願い。
もっと私を、求めて。
欲望と願望
≫6. それが愛と知った日