-蜜-

□昂ぶる、熱
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「ん……美味しいです。ほっとする味……」
「食べさせてあげようか?」

 わざと覗きこんで言うとあげはは小さく笑って首を横に振った。
 いつもなら頬を赤らめて「結構です!」とすごむだろうに、弱々しくスプーンを口に運ぶ姿に不安と寂しさを覚える。

「……やっぱり脆いじゃない」
「え?」
「あれくらいで熱出して、こんな弱っちゃって……やっぱり人間は脆い」

 色違いの双眸に映しだされる感情はカカシ当人ですらもてあましているもので、今のあげはの洞察力ではそれを正確に読みとることは難しかった。

「ごめんなさい……」
「怒ってるわけじゃないよ」

 完食とまではいかずとも8割方たいらげたあげはに、カカシは和らいだ眼差しで微笑みかける。それに安堵したのか、生姜湯も飲み干したあげはは目をとろんとさせて布団に横たわった。

「カカシさんは、優しいですね……」
「俺はいつも優しいよ? 今更なに言ってんの」

 しれっと言ってのけるカカシに笑ってあげはは続ける。

「そう、ですね……あなたは、人間のように無益な殺生はしない……。動物たちも、それがわかるからカカシさんを慕うんでしょうね……」

 どこか虚ろな、けれどなにかを見据えているような瞳が(くう)を彷徨う。

「ほかの動物も、みんな……生きぬくために必要な分だけ、命を譲りうけて生きているのに……。人間だけが……欲に駆られて……多くの命を、犠牲にしてる……」
「……あんたはほかの人間とは違う」
「けど私も……げほっげほっ!」

 苦しそうにむせこむあげはの背をカカシはぎこちない手つきでさすった。熱があがってきたのか息が荒い。

「街におりて薬を手に入れてくる。それまで待って――」
「……ないで」

 腰を浮かせたカカシの袖を白い手が掴んだ。

「行かないで……」
「けどこのままじゃあんたが、」
「か……ない、で……」

 意識が混濁しているのか、袖を握ったままあげはは何度もうわ言のように繰り返す。熱を帯びた細い手に指を絡めると、安堵したように力が抜けた。

「……ここにいるよ」

 再びベッド脇に腰かけて、汗ばんだ額をタオルで拭ってやる。指も、頬も、吐息も、溶けだしてしまいそうなほどに熱い。

「ずっとあんたのそばにいる」

 力なく伏せられた瞼に唇を落とすと、やがて小さな寝息が聞こえてきた。
 
 強がりな彼女が甘えてくれたことが嬉しくて、その反面傍にいてやることしかできない自分を不甲斐なく思う。こんなもどかしさを味わうのは初めてで。

「早く……元気になってよ。あんたが笑ってくれないと、つまらない」

 祈るように呟いてカカシはベッドサイドに顔をうずめた。布団に染みついたひだまりのような優しい匂いが鼻をかすめて、余計に寂しさがこみあげた。





≫8. この眼は君を欲す


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