-蜜-

□甘やかな巣に囚われて
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「………………肉?」

 たっぷり十数秒は間を置いて、カカシはまじまじとあげはを見つめ返した。

「ですから! 毎日毎日肉料理ばっかりでもう限界なんです! 朝から晩まで肉づくしで、消化が追いつかなくて胃もたれするし!」

 彼女の言を理解するのにしばしの時間を要する。

「や……でもほら。貧血を補うには肉が一番だって」
「だからって三食全部肉三昧にすることないじゃないですか!」

 当然ながら食材の調達はカカシが行っている。大抵は森の動物を捕獲するのだが、気が向けば人里に下りて市場で買ってくることもある。
 それもこれも自分に血液を提供してくれているあげはに少しでも血肉になるものを、という心遣いだったのだが。

「そんなに嫌だった? 毎日同じもん食べてるわけでもないのに」
「そうですね、確かにバリエーションは豊富でした。牛肉豚肉鶏肉鹿肉猪肉魚肉……全部肉ですけどね」

 どこか遠い目をしてあげはが言う。そういえばここ最近の肉の調理は、冷しゃぶにしたりスープのだしにしたりと淡白な味わいのものが多かったように思う。よかれと思って用意した肉だが彼女の胃にはなかなかに重かったらしい。

「じゃあなにが食べたいの」
「もう少しさっぱりしたものがいいです。野菜とか、果物とか」
「野菜なら前にも採ってきたでしょうが」

 そう、彼女が食材に不満を唱えるのはこれが初めてではない。これまでにも葉物を食べたいとぼやくあげはを(おもんぱか)って野草やきのこを採ってきたことがあるのだ。

「結局ろくに食べないで捨ててたじゃない」
「だからあれは! 毒草だったり毒きのこだったり、まともに食べられるものがほとんどなかったからです!」
「俺は食べてもなんともなかったよ」
「それはカカシさんだからでしょう……」

 据わった目で恨めしげに見つめてくる彼女も可愛い――なんて見当違いなことを考えつつ、疑心暗鬼になっていたことに小さな罪悪感が湧く。つい先程まで胸中を支配していた濁った感情はどこへ消えたのだろう。

「わかった。とにかく野菜があればいいわけね」
「だめです! カカシさんに選ばせたらまたおかしなもの採ってくるに決まってます!」
「決まってますって……」
「だから私も一緒に行って選びます!」

 ずいっと顔をあげて詰めよる瞳は純朴そのもの。
 逃げる機会を作ろうとしているのかと疑いかけたが、とてもそうは見えない。この美しくも純真な蝶は自身が囚われていることさえ忘れたのだろうか。


「……わかったよ。一緒に行こう。ただし絶対に俺から離れないで」
「――はいっ!」

 ため息まじりに告げれば、返ってきたのは満面の笑み。まるで邪気のないそれにつられて微笑みながらカカシは祈った。

 どうか思いださないで。そしてこのまま忘れ去って。

 広大な空の青さも、森を抜ける風の息吹も。

 その背に鮮やかな羽があることも。





≫5. 欲望と願望


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