-蜜-

□欲望と願望
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 それからカカシはたびたび食材の調達に同行させてくれるようになった。隙を見て逃げだすのではという懸念が杞憂にすぎなかったと緊張を解いたのだろう。
 きのこ狩りをすれば相も変わらず毒きのこを摘みとってくるカカシにあげはが苦言を呈したり、湖畔で釣りをすれば子供さながらに釣果を競ったりと、とても吸血鬼とその捕虜には見えない姿がそこにはあった。

 *

「どうして若い女の人じゃないといけないんですか?」
「え?」

 ある日の昼下がり、自室のソファーで読書をしていたあげはは隣に腰かけるカカシに唐突に問いかけた。
 最近ではこうして彼女の部屋で過ごすことも珍しくない。むしろあいた時間はほとんどここにいると言っても過言ではない。

「摂取する血液の話です。男性の血じゃだめなんですか?」
「気色悪いこと言うのやめてくれる? 男の血なんてごめんだよ」
「血液の成分に性別による違いはほとんどないと書かれていたので、どうなのかと思って」

 なにを突飛なことを言いだすかと思えば、あげはが開いていた本の背表紙には「吸血動物全集」と記されていた。「まーたこんなの読んで……」と呆れ返って彼女の手から本を取りあげる。

「男の血なんて飲むくらいなら餓死したほうがましだね」
「……カカシさん? 顔色悪くないですか?」
「あんたが気色悪いこと言うからでしょ」

 ぶるっと身震いしたカカシはわざとらしく両腕をさすった。が、向けられたあげはの瞳はじっとこちらを見据えたまま。

「ごまかさないでください。血が足りてないんですよね?」

 そう言うとおもむろに髪をかきあげ白いうなじを露わにした。透きとおった柔肌に刻まれた吸血痕が生々しくて、それを見たカカシはごくりと喉を鳴らす。

「……まだいいよ。前回から五日しか経ってない」
「平気です。飲んでください」

 身を乗りだしたあげはの首筋がすぐ口元まで迫る。彼女の血の甘さを覚えた体が歓喜に打ち震えて垂涎(すいぜん)する。

「……ごめん」

 目前の誘惑に耐えきれずカカシは静かに牙を突き立てた。

「ん……っ」

 途端に口内に広がる極上の風味。彼女の喉からもれるくぐもった声すらも甘くて、もっと奥深くまで突き立てたい衝動に駆られる。
 もっと欲しい。あんたの血も、声も。
 もっと俺に、俺だけに、ちょうだい。

「や……ふぁ……っ」

 無我夢中で貪りつきそうになったその瞬間、悲鳴とも嬌声ともとれない声が響いてはっと現実に引き戻された。荒れた吐息まじりにぺろりと最後の血を舐めとって口を離す。

「あ……」
「……ありがと。美味かった」

 力の抜けた細い体を抱きかかえてそう告げれば、あげはは色づいた表情で頬を上気させながらも首を横に振った。

「まだ……全然吸ってないじゃないですか」
「十分もらったよ」
「嘘です。カカシさん……わざと飲む量を抑えてますよね?」
「……」

沈黙を肯定ととらえたあげはは唇を噛む。頻度こそ変わらないものの、ここ最近のカカシの吸血量は明らかに減っていた。
たまたまそういう気分だったのかと納得しようとしたが、日に日に彼の顔色が悪くなるのを見て黙ってはいられなかった。


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