-蜜-

□それが愛と知った日
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 血が通っていないとも思えるような手に、どうにかして体温を分け与えたくて必死に握りしめた。
 困ったように細められていた色違いの双眸がふ、と和らぐ。

「あんたの手ってあったかいよね。こんなに小さいのに……なんかほっとする」
「カカシさんの手が冷たすぎるんですよ」
「あんたと俺とじゃ元の体温が違うんだから仕方ないよ。吸血鬼はこれが平温なの」

 絡めるように握った手を自らの頬にあてて、カカシはそのあたたかさに口元を綻ばせた。

「……やっぱりいつもよりも冷たいです。血が足りてないんでしょう?」
「あんたも強情だね」
「カカシさんには元気でいてもらわないと困りますから」
「なんで?」

 覗きこむ瞳はどこか愉しんでいるようにも見える。彼がどんな言葉を欲しているのか予想はつくけれど、何度も口にするのも癪な気がしてふいと顔を逸らした。

「だってそうじゃないと……外に出られなくなって、私の食糧も調達できなくなるじゃないですか」
「……ははっ、そうきたか」

 あげはの苦言に機嫌を損ねる様子もなく、カカシは可笑しそうに肩を揺らす。
 
「だから……もっと吸ってください」
「……最高の口説き文句なんだけどさ。わがまま言ってもいい?」
「?」

 再び髪をたくしあげると、喉仏を大きく上下させたカカシは静かに俯いた。

「効率がいいから血を吸ってるだけで、別に血液じゃなくてもいいんだよね。人間の体液ならなんだって、俺の糧になる」
「え……そうなん、」

 ですか、まで紡ぐより早くまっすぐな眼光に射抜かれ声を失う。

「血はもういいから。代わりにあんたの唾液をちょうだい」
「だ、唾液?」

 ゆらりと迫る彼から反射的に身を引くも、すぐにソファーの背もたれに阻まれた。銀糸の髪が額にかかりそうなほど近くで揺れて、それに目をとられた隙に手首が大きな手にそっと掴まれ、ソファーに縫いつけられた。

「口あけて」

 これまでにもカカシが吸血の最後に戯れに口づけてくることはあった。とはいえいずれも触れる程度のもので、唾液を摂取しようだとかそんな意図があっての行為ではなかったように思う。こんなふうに、欲を孕んだ瞳で唇を求めてくることなど、なかった。
 彼の力になりたいと願ったのはほかでもない自分だ。今更それを翻すつもりはない。けれど。

「あの、やっぱり血のほうが——っ!」

 背けようとした顎を押さえられ冷たい唇が重なった。わななく口唇を割り入るように長い舌が侵入してくる。

「んん……っ」

 今までのそれとはまるで違う、はっきり「舐めとられている」とわかる口づけに、頭の芯から震えがはしった。
 絡まる舌は熱を帯び、呼吸の合間にもれる声はまるで情事の喘ぎのように扇情的で。普段の吸血時に味わう快楽よりもずっと強い痺れが全身を襲った。
 
 ……ああ、そうか。彼が私の唾液を舐めとるということは、私も彼の唾液を摂取しているということで。つまりは彼の唾液に含まれるという催淫作用をじかに受け入れていることになるのだろう。
 これでは与えているのか与えられているのかわからない。思考のままならない頭でぼんやりと思うも、抗うすべなどありはしない。
 否、もはや自分が抗いたいのかどうかすら、今のあげはには判断がつかなかった。


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