-蜜-

□昂ぶる、熱
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「あー気持ちよかった」

 夕刻、あげはがキッチンで魚の下ごしらえをしていると首からタオルをさげたカカシが浴場から戻ってきた。

「おかえりなさい。ちゃんと湯船につかりました?」
「俺普段はシャワーしか浴びない派だけど、さすがに今日はつかったよ。頭のてっぺんから爪先までずぶ濡れだったし」
「う……。どうもすみませんでした」

 言い返す言葉もなく頭をさげる。と、タオルでわしゃわしゃと髪をこすられた。

「ひゃっ! なんですか!」
「あんたこそしっかりあったまったの? 髪まだ濡れてる」
「わ、私は大丈夫です」

 なまじ原因が自分の失態であるだけに、城内に戻って当然のように風呂を先に譲ってくれたカカシに立つ瀬がなく、あげははさっとシャワーだけ済ませて手早く浴場を出ていたのだった。

「あ。これ俺が釣った魚?」
「……私が釣った分もありますよ」
「あーほんとだ、この可愛いやつね」

 口をへの字に曲げるあげはを面白がって、カカシは下処理を終えた魚のボウルをしげしげと覗きこむ。
 彼が釣りあげた大ぶりのイワナやニジマスはそのまま塩焼きにできるが、あげはが釣った魚はいずれも身がわずかしかないため唐揚げにして丸ごと食す算段だ。

「で、結局11度目の正直は果たしたんだっけ?」
「……あの獲物さえ逃さなければ勝てました」
「へーそういうこと言っちゃうの」
「〜〜っわかってます! 私の負けです! 罰ゲームなりなんなり好きにしてください!」

 半ば自棄になってキッチン台にボウルを叩きつけると、カウンターに肘をついて小首をかしげていたカカシはいよいよ声をあげて笑った。

「それで……私はどうすればいいんですか」

 目線を斜め下に落としてあげはは怖々と訊ねる。
 カカシが提示した罰ゲームは「彼が満足するまで体液を提供する」というものだ。それが具体的にどんな行為を指しているのか、事前に確認しておかなかったことを今更ながら後悔する。
 以前のようにまた唾液を求められるのだろうか。それとも……もっとその先を求めているのだろうか。
 嫌では――ない、と思う。思い返せばあの深い口づけだって、最後には自分から「もっとして欲しい」とねだるような真似をしてしまったのだから。
 ただあのときは少なからずカカシからもたらされる快楽に浮かされていたのもあり、平静を保っている今同じように彼にすがりつけるかと言えば答えはNOだ。思いだすだけで顔から火が出そうなほど恥ずかしい。そんな恥じらいもまた彼に舌を絡められたその瞬間に吹き飛んでしまうのかもしれないけれど。

「……カカシさんの望むようにしてください」

 諦めたのか腹を括ったのか、あげははしゅるりとエプロンを外して瞼を伏せる。
 それに意表を突かれたのはカカシだ。悔しがるさまが可愛くてからかって遊んでいたつもりが、不意に艶めかしい仕草を晒されて生唾を飲みこむ。

「んー……すぐに終わらせちゃうのももったいないな。明日のお楽しみにとっておくことにするよ」
「明日ですか?」
「そ。吸血後のデザートに」

 前回の吸血から明日で一週間。ぺろりと舌なめずりしながら告げればあげはは耳まで紅潮させて「わかりました」と顔を逸らした。
 それにカカシは内心でそっと息をつく。危うく勢い任せに飛びかかってしまうところだった。
 そもそも罰ゲームだって本気で言ったわけじゃない。からかい半分で持ちかけたら彼女がむきになって挑んできたからそれに乗ったまでだ。勝算の低い勝負に必死になる姿は何時間見ていても飽きないと思った。

「じゃあ、食事にしましょうか!」

 横を向いたあげはの赤く火照った耳からうなじにかけての細い曲線にぴくりと食指が動く。
 ひとまず先延ばしにはしたものの、この強烈な誘惑を前に明日の自分は果たして罰ゲームを冗談で済ませられるだろうか。一抹の不安を抱えながらもカカシは何食わぬ顔で揚げたてのワカサギの唐揚げをつまみ食いするのだった。

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