-蜜-
□この眼は君を欲す
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重い瞼を押し開いてみても、まだどこか夢心地だった。
頭がぼうっとする。私はなにをしていたんだっけ? 確か廊下の掃き掃除をしていて、そこにカカシさんが来て、それで――ああそうだ、熱があって部屋まで運んでもらったんだ。
いつの間に眠ってしまったのだろう。目線だけ動かして部屋を見回してみるも、彼の姿は見当たらない。
ぐっと下腹に力をこめて体を起こすと、小さく折りたたまれたタオルがぽとりと布団の上に落ちた。うっすらとしめっているそれはどうやら額にあてがわれていたようだ。
「あげは? 起きてたの」
「カカシさん……」
タオルを持ったままぼんやりとしていると、それを用意してくれたであろう彼が扉を開けて入ってきた。走ってきたのか少し髪が乱れている。
「ひとりにしてごめん、ぬるくなってきたから新しいの持ってきた」
そう告げるカカシの手には氷枕が握られており、よく見るとベッドにも同じものが置かれていた。これも彼が準備してくれたのだろう。
「ありがとうございます」
「調子は?」
「さっきよりだいぶ楽になりました。カカシさんのおかげです」
「よかった。顔色もよくなったね」
確かめるように額に手をあてた彼は目に見えて肩の力を抜いた。
面倒をかけて申し訳なかったなと思う一方で、心配してくれて嬉しいと思ってしまう自分がいる。
気の緩みを察知したのか今度は腹の虫が騒ぎだした。眠る前にカカシお手製の卵粥を食べたばかりだというのに。
「私どれくらい眠って――」
おもむろに窓の外に目を向けたあげはは驚愕した。てっきりカーテンが閉められているのかと思ったら、外はとっぷりと闇に包まれていたのだ。
「え!? もう夜? 私半日も眠ってたんですか!?」
「ああ、そんなに経ってたんだ。俺も気づかなかった」
焦るあげはとは対照的にカカシはあっけらかんと言ってのける。なにを悠長な、と咎めかけてはたと思いとどまった。ある仮説に行きついたからだ。
「カカシさん……ひょっとしてずっとついていてくれたんですか?」
驚きの色を浮かべるあげはに「あんたが行かないでって言ったんでしょ」とはカカシは言わなかった。ただやんわりと目を細める。
それで答えを察したのか目線を下げて黙したあげはは、しかし急に思いだしたように「あ!」と声をあげた。
「どうしたの」
「ごめんなさい……すっかり忘れてました」
「なにを?」
「今夜の約束でしたよね」
髪をかきあげて首筋をむきだしにするあげはにカカシは瞬きをこぼし、すぐに呆れた表情を浮かべた。
「あのね。病人から血をもらうような真似、俺がすると思う?」
「約束は約束です。今日で一週間ですし」
「必要ないよ。何日かあいたくらいで死ぬわけじゃないし。ただでさえ弱ってるのに、そのうえ血まで吸いとったらあんたまたぶっ倒れそう」
「大丈夫です。もう熱も下がりましたから」
真顔で首を振るカカシにあげはは食いさがった。
あげはの身を案じて意図的に吸血量を抑えている彼に、十分な蓄えがあるとは思えない。
「そんなに俺に吸ってほしいの?」
片目を細めるのはからかうときの彼の癖だ。けれど今はあげはを煽るためにあえて言っている。
「吸ってほしいです」
その手には乗るまいとすんなり頷けば、カカシは意表を突かれたように目を剥いた。
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