-蜜-

□この眼は君を欲す
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「あんたってほんと……強情だよね」
「強情なのはカカシさんもでしょう」
「とにかく、今のあんたから吸血はしない。元気になってからもらえればいいから」

 突き放すように顔を背けるカカシに、あげははぎゅっと布団を握りしめた。

「じゃあ……吸血はしなくていいです」
「ん。今なにか軽いもの作ってくるから、それまで横になってな」

 ベッドの氷枕を替えて横たえようとしてくる腕を掴む。怪訝に眉を潜めた彼を上目遣いに見上げた。

「血液じゃなくても……栄養になるんですよね?」
「え?」
「罰ゲームでも……」

 あげはの言わんとしていることを察したカカシは「ああ……」と声音を落とした。

「それもまた今度にするよ」
「どうしてですか? 吸血ほど体に負担はかからないじゃないですか」
「……そうとも限らないでしょ」

 素っ気ない物言いでふいと顔を逸らす。あげはからは表情を読みとれないようにして。

「別にあの罰ゲームだって本気で言ったわけじゃないよ。いちいち真に受けるあんたの反応が面白くてからかっただけ」

 そう言えば彼女は逆上して怒りだすだろうか。冗談がすぎると見切りをつけられるかもしれない。
 それでもこのまま欲に任せて彼女を貪りつくしてしまうよりはましだと、かろうじて平静を保っている自身に言い聞かせる。

「それなら……もういいです」

 ぽつり、と落とされた透きとおった声に心臓が不協和音をあげた。
 傷つけてしまっただろうか。表情を窺おうと持ちあげたカカシの首は、唐突に伸びてきた白い手に引き寄せられた。

「——!」

 布団に手をついて上体のバランスをとったカカシはその体勢のまま動けなくなった。口元に自分のそれとは明らかに異なる熱。柔らかな唇が重ねられていた。
 閉じられた瞼の先で長い睫毛が震えている。それをすぐ眼前に見つめたまま微動だにできずにいると、そっと離れたあげはが伏し目がちに口を開いた。

「罰ゲームじゃなくていいです。カカシさんにその気がないなら……私が勝手にします」
「あんたがそこまですることじゃない。まだ本調子じゃないくせに」
「本当に平気です。カカシさんが飢餓に苦しむほうがずっと嫌です」
「だったら俺の心境もわかってくれない? 必要以上の負担はかけたくないんだよ」

 眉尻をさげて乞うようにカカシは言った。それに頷くそぶりを見せたあげはだったが、きゅっと唇を引き結んで再び首に腕を回してくる。

「負担なんかじゃありません。私が……カカシさんのことを満たしたいんです」
「……自分で言ってることわかってる?」

 感情を抑えているはずの声に鋭さが入り混じる。こっちは体の奥底から湧きあがる劣情を抑制しようと必死なのに、どうして彼女はこうも易々とそれを突き崩すのか。

「そうすればカカシさんは元気になるんでしょう?」

 どこまでも邪気のない瞳に頭を抱えたくなった。「元気になる」の意味をはき違えていやしないだろうか。
 確かに自分から彼女の口内を求めたこともある。けれどそれは血液を吸いとるよりも唾液をもらったほうが彼女への負担が少ないだろうという配慮に基づいたもので、その先の行為には必ず一線を引いてきた。
 もしも。もしもカカシがその先を望めば、あげはは甘んじて受け入れてくれるかもしれない。けれどそれは吸血行為がもたらす快楽にほだされたがゆえ。彼女の本意ではない。
 だからこそ、彼女を大切にしたいと願うならそれ以上を求めるべきではないと、自戒に自戒を重ねてきたのだ。
 
 とはいえカカシとて吸血鬼である前にひとりの男。ここまで大切に慈しんできた彼女が自ら手を伸ばして触れてきたのをどうして振りはらうことができようか。
 その赤い唇を割り入った先にある潤いは、彼女の極上の血にも引けを取らない艶美な甘みを宿していることを自分は既に知ってしまっている。
 
 先程の一瞬の口づけでその感覚をまざまざと思い返したカカシは左手で口を覆った。
 ある意味生殺しだ、と思う。食欲としては満たされてもそれと色欲とはまた別だ。どれだけ彼女の口内を堪能したとしても、卑しい渇きは増すばかり。
 執着するつもりなどなかったのに。城に連れ帰ったのもほんの気まぐれで、飽きたらすぐに手放すつもりでいたのに。たかだか人間の娘の一挙一動にまんまと煽られている自分のなんと滑稽なことか。
 けれど今のカカシにそれを一蹴するだけの余裕はなかった。

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