-蜜-
□溶けあう
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荒い息遣いと、シーツの擦れる音が夜の静寂に包まれた古城の一室に満ちる。
這いまわる長い舌も、腰をなぞるその指もひやりと冷たいのに、彼が触れた箇所はたちまち熱を帯びていく。
それは先程までの高熱の名残なのか、それとも彼が与える快楽のせいなのか。一体どちらなのだろうと惚けた思考で考えていたあげはの意識は強い刺激によって引き戻された。
「ひぁっ!?」
「考えごと?」
「っ……」
「心ここにあらずなんて傷つくんだけど」
「そういうわけ、じゃ……ッ!」
骨ばった指がもたらす刺激に声を裏返らせてのけぞる。
「じゃあなに考えてたの」
耳元で囁く声色はひどく優しいのに、うごめく指が黙秘を許さない。
「カカシさっ……のこと……」
吐息の合間にどうにか紡ぎだせば彼は満足そうに指の力をゆるめた。
ことに及ぶ前は「あんたの嫌がることはしない」などと殊勝な台詞を囁いた彼だが、今となっては疑わしい。
降りかかる吐息も、左右異なる色彩を浮かべる双眸も、こんなにも執拗に絡みついて離さないのに。逃げ道を塞いでおきながら答えだけ私に選ばせようとするなんて。
「俺がなんだって?」
いつにもまして甘い微笑みを浮かべて、彼が意地悪く問う。
あなたは、ずるい。
けれどそれを望んだのは、私。
自らあなたの巣に囚われたのも、私。
悔しさをごまかすように求めた唇にもすぐに応えてくれる。浅い口づけの合間、ふと彼の口角の下にあるほくろが目にとまり、ほんの悪戯心から舌先でつんと触れてみると覆いかぶさる厚い肩がわずかに震えた。
思わぬ反応に嬉しくなって更に深く舌を這わせる。と、たちまち手首を掴まれシーツの海に組み敷かれた。
「ずいぶん積極的じゃないの」
「ほくろ……弱いんですか?」
「それ以上煽らないでちょうだいね」
ふーっと息をついたカカシは、片手であげはの手首を抑えたままもう一方の手で自身のシャツの胸元をゆるめた。
経験がないであろう彼女を時間をかけてゆっくりと導いてやるつもりが、想定外の煽りを受けて一瞬にしていきり立ってしまうとは。尚早がすぎる。
見目麗しいその蝶を、自分の色に染められたらどれだけ気分がいいだろうかと最初は思った。甘い蜜を絡めた巣に閉じこめて、じわじわと四肢の自由を奪って、この手に篭絡せしめんと。
けれど今、誰も触れたことのないであろう細くしなやかな躰を前に、カカシは必死に自制を働かせている。
なぜ、などと自問するまでもない。
自分はこの蝶に愛されたいのだ。
美しい羽を絡めとって自由を奪うだけでは飽き足らず、その心までをも欲している。喉から手が出るほど欲しくて欲しくてたまらない。
もっと俺を求めて。肉体の快楽だけじゃなく、俺自身を求めて。
俺だけを見て。俺だけを想って。願わくは俺があんたを想うのと同じくらい、強く。
「カカシさん……?」
動きをとめたカカシを揺れ惑う瞳が見上げる。それに柔らかな笑みを返して、口づけを落とす。
心臓の内側を焼け焦がすようなこの感情を声に出して伝えたことはない。
「好きだ」も「愛してる」も、唐突すぎる気もするし、なにを今更とも思える。言葉にしてしまえば安っぽく、今の想いを伝えるのにはそぐわない。
「……あんたの全部、俺にちょうだい」
押しだすようにそう言って、彼女がなにか答える前に口を塞いだ。
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