Dear…

□Tiny Wishes
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沙羅が第三部隊に転属になってから二週間が過ぎた。





「おはようございます!萩谷さん」



部隊長の萩谷が詰所入口の戸を開くと、他の隊員らと共に掃除をしていた沙羅が笑顔で出迎えた。



それに「おはよう」と笑顔で返しながら、萩谷は嬉しそうに沙羅を見つめる。



「やっぱり隊に女性がいると華やかでいいなぁ。
どうだ沙羅?隊にはもう慣れたか?」


「はい。他の隊員さんたちも親切で楽しい方ばかりで」


「そりゃ良かった。うちの連中は皆口は悪いが気の良い奴らだからな。
唯一打ち解け難いとすれば…………紫苑ぐらいか」


「?いえ、紫苑とはもう――」



言いかけた沙羅の背後で、鍛錬場へと通じる引き戸がガラリと開いた。


そこから姿を現したのはまさに今二人の会話に上がっていた人物。




「あ、おはよう紫苑」


「ああ」



何の躊躇いもなく紫苑に声をかけた沙羅に萩谷は少々の驚きを覚えた。



――が、本当に驚いたのはこの直後。




「……だから『ああ』じゃないって言ってるでしょっ!」


そう言いながら、沙羅が紫苑をどつき倒した。




「…………え?」



唖然とする萩谷以下他の隊員たちを尻目に、沙羅は紫苑に指を突きつけて剣幕を強める。


「何回言わせれば気が済むのよ!人が挨拶してるのに『ああ』はないでしょ!」


「お、おい。沙羅」


「おはようって言われたらおはよう!こんにちはにはこんにちは!
子供だって出来ることだからね!」


制止に入ろうとする萩谷にはお構いなしに紫苑に詰め寄る沙羅。


そして床に尻もちをついている紫苑と同じ目線までしゃがみ込むと、その翡翠の瞳をじっと覗きこんで言った。



「はい、おはよう紫苑!」



「…………おはよう、沙羅」




萩谷も、隊員たちも、完全に凍った。


だが当の沙羅はそんな空気に気づく様子もなくにこっと笑う。



「そうそう、やればできるじゃない」


「言わないとおまえがうるさくて敵わないからな」


「可愛くないなぁ」



そんな他愛もないやりとりの後、紫苑はゆっくりと腰を上げて沙羅に向き直った。



「沙羅。時間があるなら手合わせしてやるがどうする?」


「本当?やる!」



途端にぱっと顔を輝かせ、紫苑の後を追って鍛錬場へ出ていく沙羅。



そんな二人の姿が完全に見えなくなったところで、隊員の一人がぼそりと声を上げた。



「……萩谷さん」


「何だ」


「あれ……紫苑ですよね?」


「ああ……。

…………多分」







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