Dear…

□Oath
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「しーおーんー!」



就業時間終了後、荷物片手に詰所を後にする紫苑を背中から声高らかに呼び止める人物がいた。


無論彼相手にそんな恐れ知らずなことができるのは只一人しかいない。



「沙羅……その子供のような呼び方はやめろ」


「あはは、照れちゃって。
ねえ紫苑、あの店行きたい!」


紫苑の眉間に深々と刻まれた皺など気にも留めず、沙羅はにこりと言ってのける。



「あの店……鍛冶屋か?」


「うん。今日予定ある?」


「いや。……すっかり気に入ったみたいだな。じいさんも喜ぶ」



ふっと笑みを漏らした紫苑は、どこか嬉しそうにそう言って沙羅の誘いに乗った。








「こんにちはー!」


「おや――これはこれは。
こんなにすぐまた来てくれるとは思わなんだよ、沙羅さん」


意気揚々と店先の暖簾をくぐった沙羅を、鍛冶屋の店主は笑顔で出迎えた。



「名前覚えて下さったんですね」


「ほっほ、当たり前じゃろう。なんせお主は紫苑の――」


「……俺の何だ?」


「おや。おまえさんもおったのか。つまらんのぅ」



沙羅の後を追うようにして店内に足を踏み入れた紫苑に、刀鍛冶は口惜しそうに嘆息しつつもすぐに含みのある笑みを浮かべてぼそりと耳打ちする。



「して、どうじゃ紫苑。その後の進展は?」


「……だから何の話だ」



わざわざ手まで添えて耳打ちした割には声はしっかり沙羅の耳まで届いている。


楽しんでいるとしか思えないあからさまな小芝居にそれこそ本物の溜め息を漏らしながら、紫苑は絶対にここへ沙羅を一人では来させまいと心に決めた。


このお節介な老人に何を吹き込まれるかわかったものじゃない。




しかしそんな紫苑の杞憂を知ってか知らずか、当の沙羅は傍らでくすくすと笑ってその姿を見ている。



沙羅がここへ来たがるのは、この他に類を見ない有能な刀匠の作品に触れたいのはもとより、その刀匠にまるで子供のようにあしらわれる紫苑を見ていたいというのも本音であった。







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