Dear…

□Front & Back
1ページ/10ページ




二人で過ごす平凡ながらも幸せに満ち溢れた日々は、時間の感覚を忘れるほど足早に過ぎ去っていった。






「こんにちはー!」



「いらっしゃい、元気そうで何よりじゃ。
……おや?今日は紫苑は一緒じゃないのか?」


一人で店内に姿を見せた沙羅に、鍛冶屋の主は首を傾げた。



「いえ、一緒に来たんですけど……外で待ってるって」


沙羅が困った表情で肩をすくめると刀鍛冶は盛大に声を上げて笑う。


「はっはっは!あいつめ、何を照れとるんだか」


「え?照れ……?」


「おまえさんたち、恋仲になったんじゃろう?」


「えぇっ!何でそんな――!」


途端に顔を赤くして声を上擦らせる沙羅に刀鍛冶はますます笑みを深くした。



「わかるさ。おまえさんのその刀」


「あ……」


刀鍛冶が指差した沙羅の左の腰上には、先日紫苑に渡された真新しい刀がしっかりと括られている。



「……前回おまえさんたちが帰ったすぐ後じゃ。
紫苑の奴、一人で息を切らして戻ってきたかと思えば『急いで刀を打ってくれ』などと言いおってな」


言いながら、刀鍛冶は店の傍らに置いてあった鋼の塊を手に取る。


「おまえさんも知っておるだろうが、通常刀をこの状態から打ち始めたら完成までに一月はかかる。
それをあやつ、一週間で仕上げろなどと注文をつけてきおった」



一週間。


それは数えてみればちょうどあの金曜日と重なった。


二人が想いを通わせ、紫苑が沙羅に刀を贈った、あの桜が美しく花開いた日に。





『――じいさん、頼む。金ならいくらでも払う』


『そう言われてもなぁ……飾り用の刀を打てばいいわけではなかろう?』


『当然だ。実戦向きの最高の一振りを打ってほしい』


『最高を一週間で、か。随分と無茶な注文をつけるもんじゃ』


『刀匠の腕が鳴るだろう?』


『調子に乗りおって。第一おまえさんの刀は直してやったばかりじゃろうが』


『……俺が使うんじゃない』


『はて、では誰が?』


『……いいから打ってくれと言ってるんだ。これは正式な仕事の依頼だぞ』



そのときの紫苑の焦った表情を思い出し、刀鍛冶は目尻の皺を増やして微笑んだ。






.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ