Dear…U
□Wishing Jewel
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虚圏特別調査隊――通称“特調隊”。
虚圏内部の調査及び破面との平和的な関係の構築を目的とする新部隊を率いるのは、いまや瀞霊廷一の有名人と言っても過言ではない、十三番隊副隊長の草薙沙羅。
発足から十日余りが過ぎたこの日も彼女は息つく暇もなく奔走していた。
「草薙隊長、指示があった虚圏の文献、書庫から借りてきました」
「あっ、ありがとう。後で見るから執務室に置いておいてくれる?」
「わかりました」
隊長と呼ばれることにまだ慣れないのか、気恥ずかしそうに笑みを浮かべて部下に答える。
背面に桜の刺繍が施された真新しい隊長羽織は、動きやすさを重視する当人の希望で肩口部分から袖が切り落としてあった。
左の肩から下に覗く死覇装には『十三』の文字と待雪草が刻まれた腕章が括られている。
隊長羽織に副官証というちぐはぐな出で立ちが物語っている通り、彼女は隊長職と副隊長職の二足の草鞋を履く稀有な存在であった。
「沙羅ー?まだ休憩入ってないの?」
そこにちょこんと顔を出したのは十番隊副隊長の松本乱菊。
親友の来訪には特段気を張ることもなく、沙羅は手元の資料に目線を落としたまま頷きを返す。
「うん、あとこれだけ目を通してから」
「あんたお昼も食べてないでしょ。書類は逃げやしないんだからちゃっちゃと行ってきちゃいなさいよ」
「んー……もうちょっとだけ」
そう言いつつもまるで席を立つ様子のない沙羅に乱菊が呆れていると、新たな来訪者が現れた。沙羅の同期でもある三番隊副隊長、吉良イヅルだ。
「草薙くん、今朝までの入隊志願者のリストまとめておいたよ」
「本当!?ありがとう吉良!
うわぁすっごい助かる、今日中にはまとめないとって思ってたんだ」
顔を輝かせた沙羅に数枚の資料を手渡しながら「そもそもさ」と吉良は続ける。
「こういう事務作業はどんどん周りに振っていいんだよ?こんな机仕事までやっていたら身体がいくつあっても足りないよ。
それでなくても君は忙しいんだから」
「そうそう!吉良の言う通り!こんなの下っ端に任せちゃえばいいのよ」
「松本さんはちょっと任せすぎなような……」
すかさず眉を潜めた吉良に「なあに、あんたあたしに喧嘩売ってる?」と乱菊が詰め寄ると彼は慌てて首を横に振った。
そんなやりとりに肩をすくめて沙羅は「あのね、乱菊」と口を開く。
「最初に言ったでしょ?特調隊では席位は関係ないって。だから下っ端なんていないの」
「あー、そういえばそんなこと言ってたわね。あんたらしいっちゃらしいけど」
沙羅のたっての希望により、特調隊では席位を設けず、所属する隊士は皆対等な立場であるとしている。
席位や上下関係にとらわれず自由に意見を交わしてほしいという意向からである。
あの双極の丘での演説の翌朝、特調隊の発足式において沙羅は集まった入隊志願者へ向けてその旨を明言していた。
「けど今にそうも言ってられなくなるわよ。見なさいよこの志願者の数」
乱菊が顎先で示したのは吉良が作成した入隊志願者の一覧。そこには数枚に渡って隊士の氏名・所属先・略歴がびっしりと書き込まれている。その数はゆうに五十は超えるだろう。
通常、護廷十三隊への入隊には筆記及び実技の試験が伴うが、特調隊への入隊はそもそも護廷隊士であることを前提としているため特別な条件はない。
ただひとつ沙羅が入隊の条件として挙げたのは、「破面に対して真摯に向き合える人」それだけだ。
入隊に際し簡単な面接はあるものの、あくまで志望者の意思を確認するためであり選考を目的としたものではない。ゆえに本人の希望ひとつで入隊は可能なのである。
「ありがたいことなんだけど、正直ここまで志願者が多いとは思わなかった」
リストに目を通しながら沙羅はやや困り顔で本音を漏らした。
特調隊はあくまで副業務に過ぎない。所属本隊での業務を主とした上で、その合間を縫って特調隊の業務をこなすほかないのだ。
予算の割り当てもまだ不透明なので給与を上乗せできるわけでもない。つまり、個々の負担が増えるだけで所属するメリットは皆無と言ってもいい。
そんな状況下では、いくら話題性があり簡単に入隊できるとはいえ、発足間もないうちから志願者が殺到するなど予測しようもなかった。
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