Dear…U

□Blooming for You
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南流魂街第七地区、春蘭(しゅんらん)


瀞霊廷から程近い距離に位置するその集落は、豊かな自然と気候に恵まれた平穏な居住区である。

現世から尸魂界へと転生した沙羅が生まれ落ちた場所であり、子供時代を過ごした唯一無二の故郷。


「春蘭の匂いだ――」


丘陵を下って流れてきた暖かな風に懐かしさを感じて、沙羅は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

閉じた瞼をゆっくりと開く。最後に帰郷してからもう四年は経つだろうか。沙羅がウルキオラと出逢うより更に前、藍染が謀反を起こす前の春に帰ったとき以来だ。

ふたりは元気にしているだろうか。


「沙羅ーっ!!」


まさに今思い返していた声が響いて振り返ると、丘の向こうからふたつの影が駆けてくるのが見えた。


千歳(ちとせ)勇真(ゆうま)!」


沙羅にとって兄妹も同然、大切な家族であるふたりの名を声高に叫んで大きく手を振る。

それに更に大きく手を振り返した女性――千歳は、肩先でくるんとカールするくせっ毛を揺らしながら駆け寄る勢いそのままに沙羅に飛びついた。


「うわっぷ!」

「沙羅!会いたかったぁ!!」


後方にもんどり打って倒れそうなところを寸前で踏みとどまったのは、日頃の鍛錬の賜物だろう。


「もうっ、帰ってくるならもっと早く教えてよね!さっき知らせが届いてビックリしたんだから!」

「ご、ごめん、急に決まった任務だったから」

「えっ任務!?仕事なの?休みじゃないの?せっかく帰ってきたんだから少しはゆっくりして行けるんでしょ?」

「あ、うん、今週いっぱいは……」

「やったー!そうこなくっちゃね!」

「千歳ー。そろそろ離れてやんねえと沙羅の背筋がプルプル言ってんぞ」


勇真の苦言に「えー」と唇を尖らせながらも渋々身を離す千歳。

そして改めて沙羅と向き合うと、彼女は右頬に幼少期から変わらないえくぼを浮かべてくしゃりと笑った。


「おかえり、沙羅」

「ただいま」


迷わず答えて沙羅もまた微笑む。

何も変わらずにこうして迎え入れてくれる家族がいることが、嬉しい。血の繋がりはなくともふたりの存在は沙羅にとっては家族そのものだ。


「ホント久しぶりだな。なんか顔つきも変わったんじゃね?」

「え?そうかな?」


首を傾げる沙羅を勇真はしげしげと見つめる。


「大人びたっつーか風格があるっつーか。まあそりゃそうか、今や護廷十三隊の隊長だもんなぁ。
それが隊長羽織ってやつ?貫禄あるよなー」

「隊長って言っても特別に編成された隊だし、十三番隊ではずっと副隊長のままだよ」

「十分すげーっつーの」

「……そうよ。副隊長になったときも隊長になったときも、あたしたちすっごく嬉しくて盛大にお祝いしようと思ってたのに。
沙羅ったら手紙しか寄こさないんだから!」


腰に手を当ててぷうっとむくれる千歳に沙羅は眉尻を下げる。


「ごめんごめん。私も帰りたかったんだけど、いろいろあったからさ……」


「本当に……いろいろ、あって」


無意識にそう繰り返していた。

藍染の謀反。ウルキオラとの出逢い。ふたりで過ごした時間。藍染との決着。そして彼との、別れ。

あれからいろんな――本当にいろんな出来事があった。

けれどそれはとても文章に書き起こせるようなことではなくて。結果として故郷に送る手紙は簡潔な近況報告にとどまっていた。


不意に目線を落とした沙羅の様子に、千歳も勇真もすぐに気づいた。その上でわざと明るい声を張り上げる。


「まあ立ち話もなんだし、とりあえずうちに帰って一息つこうぜ、な!」

「そうね。沙羅の好きな山菜もいっぱい採ってあるの!今夜は腕によりをかけてあたしの山菜料理をご馳走するわ」

「食中毒だけは勘弁してくれよな」

「はあ!?失礼ねえ!」


腕まくりする千歳とそれに茶々を入れる勇真。

四年ぶりとは思えないほどすっと馴染む空気が心地よくて、沙羅は笑顔で頷いた。




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