□おそろしいこと
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『 ――D・H廃棄令。
最盛期には、約3人の1体の割合で世間に普及していたD・Hだが、その普及の過程で、新たな社会問題も生み出してきた。
整備不良のD・Hが安価な値段で取り引きされたり、不良品がそのまま人の手に渡り返品・廃棄されるD・Hが増加。またその逆で優秀なD・Hも広く出回り、D・Hの雇用率が人間労働者を上回り、若者の新規雇用や中高年層の中途採用が極めて困難となった。
その他にも宗教問題、ユーザーのモラル、安全性などD・H問題が山積みとなった頃、決定的な出来事が起こる。××38年12月24日。後に「インヒューマン・ナターレ」と呼ばれるこの痛ましい事件は――』





「どうだ、リレイス」
ひさしぶりに家に顔を出した孫娘は、けわしい顔で原稿用紙をデスクに置く。
「どうって・・・。最近、職場に出てこないと思ったら、なあに。執筆中というわけ?あまりに姿を見ないから死亡説まで流れたのよ。このあいだ、ダンとオガタに様子を見て可能なら連れてくよう頼んだはずなんだけど」
「ああ、来たぞ。ダンにこれを見せたら、執筆を応援してくれた。Q&Aをつけたらどうか、と言われた」
「オガタも?応援を?」
「いや、オガタはダンの隣でずっと寝ていたよ」



――D・H復興計画。
隆盛を極めたD・Hの一斉廃棄から13年後。
人口減少に伴い、社会生活の維持が困難になる恐れがある、という、政府の懸念のもと、D・H再生産法案が可決されたのが3年前になる。
同年、工科大学研究チームのスタッフを中心に、社会企画部技術局D・H開発課(通称 ロボット課)が設立された。



わたしも、そしてこの孫娘も、ロボット課設立メンバーだ。
今のロボット課は、増設・改築を重ね、当初よりも大きく充実した施設となっている。
「どうして職場に出てこないの?仮にも責任者でしょ」
「お前もひどい孫だ。もう、わたしは年なんだよ。階段の上り下りだけでも、息があがる年頃なんだ」
「そんなわけないでしょ。おじいちゃんと同い年のダイアンさんは、新人をはり倒す勢いでバリバリ働いてるわよ」
「アイツは化け物なんだ」
同期のダイアン・ウィンストンは、神経質で口うるさい男だ。
もういい年だが、その分経験と知識はあるのか、周りから頼りにされているようだ。生涯現役のつもりなのか、未だ第一線で働いている。
「それで、どうなんだ。その・・・内容は」
「いいんじゃない?私は本のことはよくわからないけど。・・・今更ながら、D・Hっていうのは問題の宝庫ね。目の前が暗くなるわ」
ため息には、あきらかに疲れが混じっている。
最近は、常に表情も厳しく、職場でも後輩たちにおそれられているらしい。
『リレイスは損をしている。あんなに美人なのに。もっと笑えば、あっという間に人気者になるにちがいないのに』
と冗談めかして言ったのは、たしかオガタだったか。
たしかに、リレイスはあまり笑わない。昔からそうだったが、学生の頃からの親友であるオガタやダンにしてみれば、最近は特にひどいのだという。
それでも、ロボット課が増設される前は、楽しそうに働いていたような気がする。



どうしてこの孫娘が、D・Hの開発に携わっているのか、ジョストにはいまいち理解できないでいた。
リレイスは外孫で、生まれも育ちも、この街ではない。
それでも幼い頃から、ちょくちょく遊びに来ていて、その時この家で、ダンとオガタに知り合ったのだ。
今では親友と呼べる3人だが、出会った頃のダンとリレイスは目を覆いたくなるほど仲が悪かった。
「とにかく、元気そうでよかったわ。私はもう行くけど、おばあちゃんによろしくね」


はじめは、リレイスもD・Hが好きなのだと、思っていた。
仮にもD・H開発の権威と呼ばれている私の孫なのだ。
それに、ダンとオガタは昔からD・Hに対して、並々ならぬ関心と興味を抱いていた。
だがリレイスが、D・Hに一定以上の関心を持っているのを見たことはない。
だから、ロボット課で働くと言い出した時はおどろいたものだった。


「会っていかないのか?もうすぐ戻るぞ」
「仕事がたてこんでるの。またゆっくり来るから」
軽い抱擁をして、リレイスは出て行った。
本当に、まじめに仕事をしている。
どうしていっしょうけんめいになれるのだろう。たいして、好きでもないことのために。
いくら考えても、好きなこと、興味のあることしかやってこなかった自分には、けっきょくのところ、わからないことなのかもしれない。






イスに座って、原稿を読み直していると、いつのまにかフランカが帰ってきていた。
中庭に植える、新しい苗を買ってきたようだ。すでに麦わら帽子をかぶり、小さなスコップを片手にしゃがんでいる。
フランカは家庭菜園が好きで、花から野菜までなんでも中庭で作ってしまう。
年とともに色のぬけた妻の銀髪が、午後の太陽に照らされている。
わたしもフランカも老いたが、まだ元気で、ふたりで協力しながら満ち足りた生活を送っている。
娘夫婦にはめったに会えないが、孫娘のリレイスが同じ街で暮らしていて、同じ仕事に就いている。
昔からの教え子であるダンとオガタは、今では同僚だ。(といっても、後輩のような感じだが)
ジョストはゆっくりと目を閉じ、ロボット課を思い浮かべた。まだ昼中だ。どの部署もいそがしく働いているだろう。
もしかしたら昼休みか?だったら、リレイスは昼休みをつぶして、会いにきてくれたのだろうか。
ロボット課の中でも特に熱心な研究員であるダンは、きっと昼休みがきてもデスクから離れない。オガタはソファで寝ているかもしれない。ダイアンは、自分で作ってきたサンドイッチをほお張っているだろう。
やつは意外なことに料理がうまい。まともな食事をしないでソファでころがっているオガタに、むりやり食べさせていたこともある。
オガタは、よくリレイスの背中にかくれてダイアンをやり過ごそうとしていた。
ダイアンは、片手にサンドイッチをにぎって、オガタに出て来いと叫んでいる。にらみあう、ふたり。リレイスはうんざりとした顔でオガタに、あきらめて大人しく食べなさい、と言う。
だが、オガタは背中にしがみついて離れない。どうやら、嫌いなものが入っているらしい。ダイアンは、食べられないことがわかっていてサンドイッチの中に入れてくるのだ。性格が悪い、と。
しばらくそうしていると、仕事の区切りがついたのか、デスクから離れたダンがひょいとダイアンのサンドイッチをつかみ、口に入れた。
おいしかったです、ごちそうさま。と手を合わせ礼を述べてから、もうひとつないか、とダンはけろりと尋ねる。
無神経なその行動に、オガタはほっと息をつき、ダイアンはつかみかかって、怒鳴りちらす。
それを見て、リレイスは笑っている。

あ・・・なんだ。笑っているじゃないか。


あんなに楽しそうに、笑っている。
笑いながら、おじいちゃんも笑ってないでとめてよ。と言っている。
そうか、わたしも笑っているのか。
みんなといっしょに―





カサ、と紙が落ちるがして目を開けた。
どうやら、いつのまにか眠ってしまったらしい。中庭に落ちる陽の光は夕暮れに近く、フランカはもういない。
膝の上においた原稿が、床に落ちて散らばっている。
フランカに見つかる前に、片付けなければ。怒られてしまう。
それでも、今動くのは億劫で、もういちど目をとじた。

昔の夢だ。ロボット課が増設される前の、昼になるといつも繰り広げられていた光景。
べつに、今だって見ようと思えばいつだって見られる。みんな、まだロボット課にいるのだから。
それでも、胸がつまるほど懐かしかった。
なぜだろう。


わからない。でも、ひとつわかりかけたことがある。



リレイスにとっては、ロボット課で働くことは当然のことだったのかもしれない。
近しい人が、みんな携わっているのだ。
D・Hに関する事柄から離れるのは、自分だけその和からはじかれてしまうことと同じで。




それは、きっと。
「私だったら、とても怖いな」


あの中に、自分がいないなんて。なんておそろしいことなのだろう。











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