07/14の日記

10:11
鹿鳴館パロ 8
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横浜の停車場には昼前には着き、時間にしてみれば45分程度の旅だった。
横浜駅と新橋駅は双子駅の名の通り、駅舎は外観が全く一緒で、まるで出発した駅に戻ってきたような錯覚をしてしまう。
街も商業の街らしく、東京と遜色ないほど賑わいを見せており、区画も綺麗に整理されていた。
昔ながらの日本家屋と、商館や庁舎などの比較的新しい西洋建築が整然と屹立している様は何時見ても壮観だ。


「さて、どこか行きたいところがあるんでしょ」


連れて行ってあげるよ、と言うと予想どおり絳攸は気まずそうに視線をそらした。
行き先は私には知られたくないようだ。
列車内のお仕置きが思ったより効いたらしい。





「絳攸様・・・・?」


不意に背後から女性の声がかかり、二人は弾かれるように振り返った。


「ああ、やっぱり絳攸様!お久しぶりです」

「秀麗!」


知り合いらしく、絳攸は微笑を浮かべてその女性に駆け寄った。


「こんな処でどうしたんだ?」

「家族そろって横浜に引っ越してきたんです。
関西の方はいまだに経済が落ち込んで回復する見込みがないのが現状でして」

「そうか」


絳攸は眉根を寄せ、沈痛な表情を浮かべた。
紅本家のある関西では深刻なデフレで経済が滞っていた。
明治維新以来、日本の富や人材は東京に集中するようになった。
地方の安い人件費を囲い込み財閥が誕生するなど、己の才覚で大きくのし上がれるチャンスがこの時代にはころがっていた。
彼女もそれを求めてやってきたのであろう。


「でも紅本家から支給された援助金で何とかやっていけてますから大丈夫です」

「・・・・・それは良かった」


その後、二、三言会話を交わし、彼女は家庭教師の途中だと慌てて雑踏の中へ消えていってしまった。
絳攸は彼女が見えなくなったあとも、じっとその足跡を見つめていた。


「あの子に教えてあげないの?その援助金の出所」

「必要ない」


そっけなく言うと踵を返し、逃げるようにその場から立ち去る。
その華奢な背を追い、隣に並んで歩く。


「・・・・・楸瑛」

「ん?」

「約束を守ってくれてありがとう」

「・・・・当然のことだよ」


俯いていたけれど、彼の顔が少し嬉しそうなのは判った。
彼女に会ったことで、これまで抱えてきた煩慮が僅かばかり解消したようだった。




私が彼女たちを支援するのは当然のことだ。


だって彼女たちは君を繋ぎ留める為の枷なのだから・・・。





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