07/17の日記

09:05
鹿鳴館パロ 9
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結局、横浜の街で2,3商館を見て回っただけで短い旅が終わった。
秀麗という少女に会ってから絳攸の口数は少ない。
帰りの列車の中でも流れる景色を楽しむことなく、心ここにあらずといった感じだ。
彼女が運んできた懐かしい空気に触れ、望郷の念に駆られたのかもしれない。




彼は本来ならば紅家当主の養い子として何不自由ない暮らしをしていてもおかしくなかった。
どの家も財政が逼迫する中、藍家と紅家だけは堅実な財政を誇っていたからだ。
それが明治維新をきっかけに藍家は栄え、紅家は没落の憂き目をみた。
誰が悪いのでもなかった、時代が悪かったのだ。

徳川幕府時代、江戸に近い領地を拝領していた藍家は金を、上方に近い紅家は銀を中心とした経済で成り立っていた。
長年の鎖国政策を解き、いざ海外と貿易するにあたって問題が生じた。
関東と関西で異なった貨幣や、各藩が独自に発行する藩札など、国内に流通する雑多な通貨を統一する必要に迫られたのだ。
そこで明治新政府は、新たに円という単位を設けたのである。
旧貨幣は金と銀の含有量で交換比率が決まるのだが、当時、金に対して銀は1/17程度の価値しかなかった。
なぜなら世界経済の流れは金本位制に傾いており、銀の価値は下落の一方だったからだ。
必然的に銀の貨幣を多く持つ紅家は没落の憂き目をみることになった。

それでも紅一族が食べてゆくには十分すぎるほどの資産は残った。
だが、廃藩置県で行われた士族の一斉解雇がそれに追い討ちをかけた。
武士たちは藩から与えられ、長年守り続けた俸禄を一夜にして失い、路頭に迷う破目になった。
これに各藩主達は私財をなげうって元家臣達の生活の救済にあたったのだ。
紅家も例外ではなく、世情に興味のない当主の代わりに絳攸が金策に東奔西走していた。

そんな紅家の財政事情に目をつけたのが楸瑛だった。
鹿鳴館で初めて彼を見た瞬間から、自分でも御し難い衝動に襲われ、絳攸に関することを洗いざらい調べ上げていた。
金策に走る絳攸の行く先々で、融資を断るよう手を回したのだ。
金がなければ家臣たちの生活はたちまち窮してしまう。時間がなかった。
そこで絳攸の前に姿を現し、提案を持ちかけたのだ。



「君の望む金額を私が用意しよう。ただし、条件がある・・・・・・・」


「条件?」


旧家臣達の生活保護費を肩代わりする代わりに、自分の物になれと。


彼らを人質に絳攸を買ったのだ。






彼が手に入るのならば、手段はどうでも良かった。
現に彼は手を伸ばせは触れることが出来る位置にいる。


「君は後悔してるんだろうね?」


楸瑛の自嘲気味な言葉に絳攸は顔を上げた。
初めて鹿鳴館で彼を見たときとなんら変わらない、怠惰な自分を糾弾するような澄んだ瞳が楸瑛を捉える。


「俺は後悔なんてしない」


絳攸の人格を蹂躙するような状況でも彼は常に気高く、清廉だ。
そんな彼を眩しく思う反面、穢してみたい衝動に駆られる。
傍にいてくれるだけで満足していたはずが、彼の総てを欲してしまう。
なんと自分は強欲なのだろう。


「君は強いね・・・」


様々に去来する感情を押し込め、そう呟くのが精一杯だった。





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纏りのない文章ですみません。
要約すると、紅家は誰も悪くないんだよー!と言いたかった紅家贔屓の私です。

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